『銀河系、そのはるか彼方から。7』

 出会ったときから、いつかはこんな日が来るとわかっていた。
それが今日だとは思わなかっただけで―――。

 天輝の朝はいつも騒がしい。
以前はそんなことはなかったのだが、紫にほの光る異星人キルルがやってきてからというもの、しょっちゅう苦情はくるわ知らない人にも冷たい目で見られるわストレスたまるわとにかくさんざんな目にあっていた。
天輝だって騒ぎたいわけではない。
が、そんなこととはおかまいなしに毎日毎日目が覚めたら紫の物体だの金髪碧眼美少年だのがドアップで天輝の精神を攻撃するのだ。まともな人間の神経を持っているなら叫ばずにはいられないというものだろう。

 ところで。

今日のキルルは紫だった。
と思ったら金髪碧眼美少年だった。

……ていうか、二人いた。

 ―――天輝、昇天。

テルルの時のようなただの映像ではない。確かな質感を持った紫の発光体が二人、天輝の顔をじっとのぞき込んでいた。
ふとんの中でこれは夢だとつぶやきを繰り返す天輝をキルルが揺さぶる。
「天輝っ。どうしてもう一回寝るんだいっ。天輝もなんとか言ってくれないかっ。ネルルが突然来てひどいんだ!」
しかし天輝に反応はない。
魂は体から遠く離れて光に吸いこまれようとしているところだ。
「天輝っ!」
「キルル様。おやめなさい。そもそも私は話し合う気はございません。あなたのお父上とお母上にあなたを連れ戻すとお約束したのですから。」
天輝は飛び起きた。
「本当かっ!」
「本当です。キルル様は我が星の王子。このような未開惑星には本来見向きもされない方。このような汚い部屋にとどまってよいお方ではないのです。先日偶然テルル様が見つけてくださったからよかったものの王宮は今大騒ぎですよ。」
かなりカチンときながらも天輝は喜びを感じた。
これでもう近所から苦情を言われることはない!
万歳…しようとしたところで恨めしそうな視線に気がついた。
「僕は嫌だ!帰ったっていいことないじゃないか!天輝のところにずっといる!天輝は初めての友達なんだ!」
キルルが力一杯反論する。
「初めての?何をおっしゃるのですキルル様。あなたにはご学友がたくさんいらっしゃるではないですか。」
「あんなの友達じゃない!あの星では僕を見てくれる人はいない!みんな王子としてしか僕を見ない!父上と母上だってそうだっ!」
キルルの目に涙がにじんできた。
天輝はその雫を見ながら初めて会ったときのことを思い出していた。
寒さに震えながら王子としての自分ではない自身だけを見つめてくれる人を捜しに来た宇宙人。
対等に話したというだけでひどく自分になついた。
思えばキルルを動かしていた感情はとても理解しやすい単純なものだった。
「あんまり困らせてやるなよ。おまえは結局寂しいだけだろう。」
キルルが目を大きくして天輝の方を見た。
「誰かとすべてわかりあえるなんてあるわけないんだぞ。自分のためだけにいてくれる存在だっているわけがない。どんなに寂しさを埋めようとしたってみんな結局は一人なんだ。」
キルルは何も言わなかった。
天輝が言ってくれている言葉を一言も聞き逃してはならないと思った。
ネルルはそんな二人の様子を見ながらじっと黙っていた。
「おれと一緒に暮らしてる間だってそうだったろ?間違えて理解してまた繰り返して、わかりあうのは大変だったはずだ。」
「でも天輝はっ!」
キルルがすがるように口を開く。
しかし天輝は冷静に続けた。
「でもおれたちには、言葉と体がある。一人と一人同士でも触れ合うことが出来る。完璧じゃなくてもわかりあえる。そしてそれは自分次第なんだ。これってすごいことじゃないか?」
天輝が言わんとしていることはとても大切なことで、キルルにとってはずっと探していた答のようなものだ。
真剣に接してくれているのは痛いほどわかった。
だがそれは別れを意味する。
キルルは顔を歪ませた。
「天輝といてすごく楽しかったんだ。今までで一番寂しくなかった。他人とわかりあっていけることが嬉しかった。でもそれは天輝が僕自身を見つめてくれたからだよ。」
半分真実で半分言い訳だった。
次はスキのない正論を返されるだろうと感じつつ口からこぼれていた。
「なんかおまえらしくないな。探し物をするときはあると思って探すんだろ?結構近くにあったり一度探したと思ったところにあったりするもんだ。もしなかったら作ればいい。」
天輝の言葉にキルルは次から次へと涙を流していた。
求めていた言葉だ。
真実かは誰にもわからないけれど、一番欲しかった強く優しい言葉。その証拠にこんなにも胸に響く。だが、だが。
それをそのまま受け止めてしまえば、自分はここを去ることになる。
キルルは天輝の顔を見れなくなった。
「ずるいよ。そんな言葉を聞いたら向こうでも頑張ろうと思ってしまう。でも僕は天輝、君ともっと一緒に笑ったり怒ったりしたかったんだ。」
過去形なのは心が固まったからだ。
キルルとていつまでもこのままでいられるわけがないのは知っていた。
ただあまりにも楽しかったから、心地よかったから、忘れていただけなのだ。
「よろしいですか?キルル様。」
ネルルがようやく口を挟んだ。キルルは静かにうなずく。
「僕は一人だけど一人じゃない。向こうに行っても天輝は友達だから。そして、今度こそ本当に他人と触れ合うから。頑張るよ。ありがとう、天輝。」
天輝は微笑んで手を振った。
3回ほど左右に揺らすと、もう4回目は必要なかった。
紫の宇宙人は姿を消し、天輝の家は一カ月とほんの少しぶりに地球一般規格の様相を取り戻した。

天輝は戻ってきた平穏な日々に微笑みかけ同時に気を紛らわせるかのようにため息を着いた。
久しぶりの日常はあまりにも静かすぎた。
「寂しかったのはおれかもな。………礼くらい言えばよかった。」
らしくないつぶやきをもらしてすぐに口の端をつり上げる。
明日も頑張ろう。
心を銀河系のはるか彼方にやりながら、天輝は強く思った。


 それから数年後。

天輝は何気なくテレビをつけ、ニュースを見て数年前と同じような大声をあげた。
ブラウン管の中のアナウンサーは言う。

『先ほど地球代表に選ばれたサデリ氏と宇宙からやってきたキルル氏との間で握手が交わされました!今からキルル氏の会見が開かれますので映像をご覧ください。』

画面は切り替わりたくさんのマイクを向けられフラッシュを浴びたキルルの姿がアップで写された。
「私が望むのは地球人と星交を開くことです。私達と地球人は姿は違えど同じ心を持った生き物であり、互いに努力すれば必ずわかりあえると信じています。そして―――」
キルルが言葉を切り、声を低くする。天輝はテレビの音量を上げた。

「天輝!テルルとネルルを連れてすぐに会いに行くからね!」

大きく耳に響いた数年ぶりの無邪気な声。
天輝は衛星放送で全世界に自分の名前が流れたことに汗をかきながらも自然と顔をほころばせていた。
地球人と紫の生物たちの交流はきっと成功するだろう。
そうしたらそのうち自分たちのように地球人と異星人が一つ屋根の下で暮らすことも増えるのだろうか。
天輝はきっとそう遠くない未来を想像して鳥肌を立て、不幸な若者達に今から同情しながら、それも悪くないかもなと、懐かしい顔たちがやってくるのを待った。

が。

やっぱ前言撤回。

「おまえら帰れ!今すぐ帰れ!」
天輝は泣きたいような気分で床に拳をたたきつけた。
「ひどいよ天輝!せっかく頑張って会いに来たのに。」
「そうよ!歓迎してしかるべきよ!」
キルルとテルルが猛然と抗議する。
天輝は誰かどうにかしてくれと一番常識のありそうなネルルの方を見たが、ネルルは素知らぬ顔でたたずんでいる。
「あんたこいつらの保護者代わりだろうが!なんとかしろよ!」
ネルルは天輝を一瞥すると冷笑を浮かべて突き放した。
「キルル様とテルル様は今や立派な指導者になられましたので私はお二人のご命令には逆らえません。それに私人が困っているところを見るとどうにも笑いたくなってしまう性質でして。」
実はネルルが一番のくせ者であった。
天輝は倒れそうになりながらキルルとテルルに立ち向かった。
「おまえらもっと考えて行動しろよな!どうしてくれんだコレ!」
そう言って窓の外を指さす。
天輝の家は宇宙人地球人両方のガードマンと国際色豊かな報道陣、さらに苦情を言いに来た隣人、そして大勢のヤジウマに取り囲まれていた。その数といったら人の頭で道が埋めつくされその状態がかなり遠くまで続いているほどで、家の半径2キロくらいは『天輝さん!あなたとキルル氏との関係は!』『ちょっと近所迷惑なんですけど!』『なんだなんだ?』『宇宙人今ここにいるってほんとー?』などの声が混ざり合って何とも言えないうるささだ。
「おれしばらく外出歩けねぇだろうが!」
必死の天輝に対し紫の発光体達はにこにこと微笑んで言った。

「そのうち僕たちなんて珍しくもなくなるから大丈夫だよ!」

恐るべき未来は確実に迫ってきているのである。
キルルが2乗…キルルが3乗…キルルが4乗…キルルが5乗…
6乗めを想像する前に天輝は倒れた。
何はともあれ彼の元に再び平穏な日々が戻ることはおそらく二度とないであろう。

 銀河系、そのはるか彼方から、キルルと名乗る紫の発光体がやってきたあの日のことを天輝は決して忘れない。いや、忘れたくても忘れられない。
後に彼は怖いくらいの笑顔で語るだろう。

「もしあなたが道ばたでうずくまっている宇宙人を見つけても決して声をかけてはいけません。ただの地球侵略よりも恐ろしい事態があなたを待っています。」
最後まで天輝が不幸なまま終わる。
END.
     

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