『銀河系、そのはるか彼方から。5』

 宇宙から来た紫の発光体キルル。不幸な一般地球人天輝。
世にも珍しい二人組が生活するこの家は、今日も騒がしい。

「天輝!あれは?あれはなんだいっ?」

キルルは目を輝かせて何度もそう言った。
地球に来て早くも一カ月が過ぎようとしているが、キルルにとって地球は未だ未知の星であった。
何しろほとんど外に出たことがないのだ。
本来の姿が人々に受け入られにくいと知り地球人に変身したキルルだったが、天輝が出した外出禁止令は撤廃されるどころか強固になった。
しかしキルルはめげない。
テレビの前に何時間も居座って映像が映し出されるたびに質問を繰り返した。

「天輝!あれは?あれはなんだいっ?」

たまらないのは天輝である。
最初はつきあってやっていたが、質問が十、二十、三十となるうちにうっとうしくなってきた。
どれだけ答えてもキルルの好奇心はおさまるところを知らないのだ。
とはいえこの前のように外に追い出すわけにもいかない。
天輝のイライラは確実に塵も積もれば山となってきていた。

「天輝!あれは?あれはなんだいっ?」

ぶち。

「だぁーーーーっ!るっせぇ〜〜!おまえちったぁ自分で調べろ!何でもかんでもおれに聞くなぁぁ!」
天輝は辞書を投げつけた。
キルルはパラパラとめくって首を傾げると、

「天輝!これはなんだいっ?」

と言って微笑んだ。
天輝はまるで風船の空気がぬけたかのようにぷしゅーーっとうなだれた。

で。

「これは辞書っていってな……。」
結局つきあってやる天輝であった。

 「おまえしゃべれるのに字は読めないのな。」
天輝が辞書をめくりながら言った。
「言葉はププル星人から地球人データを買って勉強したんだけど文字はまだ解読されてないから売ってないんだ。」
「はぁ?」
天輝は辞書を床に落とした。
(こいつの他にも宇宙人なんてもんがわさわさいるってのか?)
考えてみれば当然のことだが、天輝は今まで考えようとしたことがなかった。
宇宙人は空想の中の生物であり、実際にはそんなものいるわけがない。
キルルと出会った時点で粉々にうち砕かれたはずの一般常識は天輝の頭に根強く残っていた。
未だにキルルが寝ているときに時々こっそり頬……らしき部分を引っ張ったりつねったりしている天輝に突然目の前に広がった大宇宙という非現実的な世界をそう簡単に受け止められるわけがない。
ましてや……
「おい、地球人データってなんだよそれ。」
天輝はいぶかしげに尋ねた。
キルルは興味を示してもらったことが嬉しかったらしく、声を弾ませて説明した。
「ププル星人は割と地球に近くて積極的に地球人と交流しようとしてるんだ。だから地球人データを集めてるんだよ。」
天輝は愕然としてあごをはずしそうになった。
「地球人の姿をしてデータを収集しているはずだよ。」
キルルが追い打ちをかける。
「ちょっと待てーーーっ!じゃあ何か?この地球に宇宙人はおまえだけじゃなくて実はうじゃうじゃいるってのか?」
(そ、そうか。ハリウッドの子役は全員宇宙人だったのか。ていうかマジシャンとかもそうに違いない。しかしそれって……)
天輝は思わず声を裏返した。
「侵略じゃねぇのか。」
「違うよ!」
キルルがすばやく反論する。
「ププル星人は地球人が好きなんだ!だから知りたいと思うんだよ。僕も彼らがどうして地球人に変身なんてこそこそしなきゃいけないんだろうと思ってたけど……。」
地球人をむやみに刺激しないようにそうしてるんだ。
という言葉を、キルルはすんでのところで飲み込んだ。
天輝には気付くことができたけれど。
「じゃあ未来では地球人と宇宙人が友好条約を結んだりするかもしれないってことか。」
「うん!だから僕は今のうちに地球のことを勉強しておくんだ。」
キルルは本当に嬉しそうに微笑んだ。
そういえば今まで宇宙関係の話は意識的に避けてきたからな、と思いながら、天輝は大宇宙を少し身近に感じた。
「しかし宇宙人のことを知りたがってる連中なんざ夢見がちで好奇心の塊のように思ってたけどおまえはずいぶん崇高なんだな。」
内心感心していたが、天輝は呆れたような口調で言った。
キルルは照れたように頭をかく。
「そんなことないよ。僕も好奇心いっぱいさ。地球も地球人も僕たちと違いすぎる。違いすぎてワクワクするよ。もっともっといくらでも君たちのことを知りたいと思ってる。」
(地球人は違うということで拒絶したりする。現に外見が違うからって拒絶されたくせにそれでもそう思うことができるのか。違うからこそもっと知りたいと。)
地球人と宇宙人の交流はきっと難しいだろう。
それでも、宇宙人の心はいつかきっと伝わるだろう。
そう思って、天輝は少し微笑んだ。
(遠い未来にはおれたちみたいな同居生活をしている奴がいっぱい増えるかもしれないわけか。)

が。

天輝はある事実に気がついた。
(ちょっと待て!未来にはこの紫の物体がたくさん街を歩いてるってのかっ?この妙にのんきでのほほんしながらトラブルを運んでくる発光体が……)
想像……しかけて首を振り、天輝は鳥肌を立てた。
「どうしたんだい天輝?」
キルルが顔をのぞき込む。
天輝はすばやく後ずさり、さらに恐ろしい事実に気がついた。
「おまえ……さっき言葉は地球人データを買って勉強したって言ってたよな。」
「うん。それがどうかしたのかい?」
(偶然日本人のデータを買ったのだとしたら、偶然少年のデータを買ったのだとも考えられる。てことは、てことは………)

キルルは女かもしれないっ!

天輝は口に出して言うことができなかった。
「天輝?」
「へ、へいボンジュールマドモアゼル。あの、その、あの、」
『女』と言うことができずにえせフランス語に逃げた天輝だが、キルルは無邪気な顔でこう言った。

「ぼんじゅるまどもる?天輝!それはなんだいっ?」

天輝はまるで風船の空気がぬけたかのようにぷしゅーーっとうなだれた。
究極の謎を残したまま終わる。
一応続く。
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