『銀河系、そのはるか彼方から。2』

 ここにたぐいまれなる運命をもった一人の少年がいる。
―――彼の名は天輝。
キルルと名乗る紫の物体、もとい、宇宙人と一つ屋根の下で暮らし始めてからはや一週間。
世にも奇妙なこの出来事にそう早く順応できるはずもなく、齢十八にして白髪が目立ち始めた今日この頃。

 朝起きて、キルルの顔を見た瞬間、天輝はふと思った。
(そういやこいつ何食うんだ?)
一週間も一緒に暮らしておいて一体何を。と思うかもしれないが、そこのところは「天輝も大変だったのね。」とどうか察してあげてほしい。
とにかくこの一週間をゆっくりと思い返してみたが、天輝が見る限りキルルは何も口にしていなかった。
天輝は首をかしげた。
(宇宙人って食わなくても平気なわけか?)
そうキルルに聞いてみればよかったのだが、
(きっとそうだろ。なんたって宇宙人だしな。)
と、一人で妙に納得してしまった。
今現在彼の頭の中で『宇宙人』という言葉は最強なのである。

 だがしかし。
宇宙人といえど生命体。
キルルが倒れたのはその翌日のことであった―――。
原因はもちろん……。
「栄養失調かな……。」
キルルは弱々しくつぶやいた。
ぐったりと横になり、立つこともつらいようだ。
目を閉じたままか細い息を吐くその姿は明らかに衰弱していた。
紫の淡い光がいつもにくらべ心なしかくすんでいるように見えて、天輝は思わずどきっとした。
「おまえ普段なに食ってんだよ。とってきてやるからさっさと言え!」
得体の知れない宇宙人といえどもこんな状態で放っておくわけにはいかない。
このままだと間違いなく死んでしまう。
天輝は額に汗をかいた。
「……。」
かすかなキルルの声。
「あ?なんだって?」

「……太陽エネルギー。」

「はあ?」

 失礼。言い忘れたが今は冬。
ちなみにここ一週間の天気はひたすら曇。もしくは雪であった。
そして今日の天気は……
天輝は慌てて窓の外を見た。
空には謀ったように暗雲が立ちこめている。
一斉に降り出した大雨を見て、天輝は激怒した。
「どーしろってんだよーっ!」
その間にもキルルはどんどん弱っていく。
とぎれとぎれ耳に入ってくる苦しげなうめき声が天輝を責め立てるが、どうすることもできない。
ますます大きくなっていく雨音に怒りを募らせながら、頭を抱えることしかできなかった。

「そうだ!木!木からエネルギーとれよ!よくある話じゃみんなそうしてるだろ?とりあえずやってみろ!」

 そうしてようやく思いついたのはそんなこと。
かなり無茶な話である。
単なる思いつきであって、こじつけにさえなっていない。
いくら何でもそれでどうにかなるはずがない。
が。
どうにかなってしまうのだからフィクションってすばらしい。
 都合のいいことに天輝の家の前には広い公園があった。
雨はいっこうにやむ気配がなく、それどころか雷も鳴り出したため外に人影はまったくない。
ふたりは誰にも見られることなく公園にたどり着くことができた。
天輝は葉が落ちていない木の前にキルルを連れていくと、不思議な光景をその目にした。

 キラキラとした光。
水滴にはじかれた日の光のようなあたたかいきらめきがキルルの全身を包み込んでいる。
その光はキルルの周りをゆっくりと漂うと、やがて吸い込まれるようにキルルの中に消えていった。
幻想的で美しい光景だった。
(これがこいつの食事か……。)
天輝はいつのまにか見とれていた自分に気がついた。
(こいつの世界には『食事』なんて言葉はないのかもしれない。植物のように日光をエネルギーにして、それだけで生きていけるこいつらは、『光合成』のために日光を受けることはあっても『食事』のために生命を奪うことはないんだろう。)
普段は考えないようなことがなんとなく頭に浮かんできて、天輝は少し苦笑いをした。

 どしゃ降りだった雨はいつのまにかやんでいた。
雨上がりの空がうっすらとした虹をたたえ、水たまりを彩っている。
すっかり回復した空模様とともに、キルルも元気を取り戻していた。
「僕の星では太陽が隠れることなんてないからこんなことになるとは思わなかったよ。」
キルルは脳天気な笑顔で天輝にとびついた。
ついさっきまで瀕死の状態だったとは思えないほどの回復ぶりである。
天輝はあきれたようにため息をつくと力一杯キルルを引きはがした。
ボカッ。
同時にキルルの頭を思いっきりぶん殴る。
キルルは何が起こったのか理解できずに目をパチパチさせていた。
「おまえなぁ!こういうときはもっと早く言えもっと!危うくおれの家で死人出すとこだっただろ!」
相手は宇宙人。
下手なことをしたら何をされるかわからないということも忘れて、天輝は今までこらえてきたものを一気に解き放った。
キルルは呆然としていたが、しばらくして自分が叱られているということにようやく気付き、目を潤ませてこう言った。
「ありがとう!こんなふうに叱られるなんて初めてだ!うれしいよ。僕を叱ってくれる人なんて今までいなかったから。」
(このテンポ、疲れるんだよなぁ……。)
天輝はひきつった笑いを浮かべる。
「なぁ、おまえの目におれの『食事』はどう映ってんだ?やっぱグロいとかエグいとか思ってたりするわけか?」
「?よくわからないけど生命は尊いと思うよ?あなたが食べた命も。あなたの命も。犠牲になった命の分だけ余計。」
にこにこと微笑むキルルを見て、天輝はなんとなく優しい気持ちになった。
外見も中身も一風変わったこの異邦人と案外うまくやっていけるのではないかと思った。

 その後。
「これからはちゃんとエネルギーをとるよ。」
というキルルの言葉を耳にして、天輝はキルルを凝視した。
キルルはきょとんとしていたが、まさか天輝が
(こいつってトイレ行くのかな?そういや見たことない。)
などと考えていようとは、知る由もなかった。
はたしてキルルはトイレに行くのか?
この件については読者様のご想像にお任せしたい。
謎を残したまま終わる。(笑)
一応続く。
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