天輝はとまどっていた。
今日は日曜日。
たまたまバイトも休みで、特にたいした用事もない。
つまりは家で一日中だらだらしていてもかまわない日。
…だったのだが、天輝はすぐにでも家を飛び出したい衝動に駆られていた。
原因は明白である。
天輝は台所の方に目をやり、ひきつったような笑みを浮かべてため息をついた。
そこにはキルルが立っている。
異星人キルルが来てからというものため息はすっかり天輝の癖になってしまっていた。
誰だって紫の発光体が台所で料理をしていたらため息の一つや二つつきたくなるというものだろう。
が、しかし。
そこに立っているのはキルルはキルルでも金髪碧眼美少年である。
昨日まで紫にほの光りしていた生きモノが、人間の、しかもハリウッドの子役も真っ青な美貌を持ってそこにいる。
金の髪は日の光にすけて囁くように輝き、宝石のようなその瞳は晴天の空よりも……
「だぁーーーーーーーーーーーーーーっ!」
天輝はぶんぶんと首を振って『美』を表す形容を振り払った。
(ヤバイ。このままではあいつの周りにバラが飛ぶようになってしまう。)
天輝は頭を抱えてうめいた。
「天輝?大丈夫かい?」
キルルが心配そうに天輝の顔をのぞき込む。
「どぉぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!」
天輝はキルルを思いきり突き飛ばした。
「あ、朝メシはオレが作っとくから散歩!さっ、散歩してこいっ!」
(落ち着けっ。バラなんか飛んでないっ。飛んでないったら飛んでないっ。あいつは紫。紫の塊。)
頭を抱えたまま床をのたうちまわる天輝を見て、キルルは首をかしげながら家を出た。
朝の空気は爽快だった。
キルルは胸いっぱいに息をしてにっこり微笑んだ。
両手を広げて風に押されながら走ると、『地球』の一部になれたような気がした。
昨日まではなかった髪の毛がキルルの額を繰り返しなでる。
(僕は今地球人なんだ。今は異星人じゃない。)
キルルは公園の芝生に飛び込むように寝転がった。
朝露が背中に心地よい。
東の空に照るまだ淡い太陽を見上げながら、キルルはそっと目を閉じた。
その目が開いたのは太陽がちょうど真上に来た頃。
キルルは驚いて飛び起きた。
太陽の位置に、ではない。
キルルは大勢の人に囲まれていた。
キルルが起きたのを見るとあっという間に散らばったが、一人、キルルの顔をのぞき込んでいた男だけが傍らから離れなかった。
男はキルルの顔をじろじろと見て唇の片端をつり上げた。
「ずいぶんときれいな顔だな。この顔がありゃ苦労なんてしないだろ。」
嫌な感じの声だった。
「おまえ女……だよな。ちょっとこいよ。」
男はキルルの腕を強引に引っ張ると有無をいわさぬ態度で立ち上がった。
キルルは目を丸くした。
「どこへ行くんだい?」
男は黄色い歯を見せてにやっと笑った。
「いいところだよ。」
キルルは男の顔を見上げた。
が、そこに男の顔はなかった。
「一人で地獄の入り口までいってろ!」
天輝が男を蹴り飛ばしたのだ。
男は後頭部をやられて地面に埋まっている。
例のごとくキルルには何が起こったのかよくわかっていなかったが、とりあえずいつものように天輝に抱きつこうと腕をのばした。
「だぁーーっ!待て!やめろ!その姿で抱きつくなぁーーっ!紫のときとは違う意味で嫌だぁーーーーっ!」
天輝は叫んだ。
叫びつつも覚悟を決めていたのか、固まった。
が。
キルルも固まっていた。
目を伏し目がちにして天輝の顔を見ず、両拳を固く握りしめている。
「この姿でいると地球にとけこめたみたいで嬉しかったんだ。でもどうしてみんな僕を変な目で見るんだろう。さっきの人たちも今の人も。……天輝も。」
天輝は目を閉じた。
「目じゃ心は見えない。うわべだけしか見えない。それはみんな知ってる。でもな、人間とりあえず目に見えるものを信じるようにできてんだよ。」
そう言って、キルルの手を取る。
「悪かった。」
天輝は目を開き、キルルの顔を正面から見据えた。
「さ、帰るぞ。おまえがいつまでも帰らないからトーストもコーヒーもすっかり冷めてんぞ。さんざん探したんだからな。」
キルルの頭を軽くたたき、そっけなく背中を向けて歩き出す。
5メートルくらい離れてからちらっと振り返り、早くこいというように手招きした。
ごく自然だった。
キルルは満面の笑みを浮かべて天輝にしがみついた。
「僕やっぱり元の姿に戻ろうかな。姿だけとけこんでも仕方ないよね。天輝ならどっちの姿してても変わらないでいてくれるし。」
「………こっぱずかしーこと言うな。」
天輝はキルルを殴って無理矢理引きはがした。
キルルは微笑みを浮かべたまま……
「うん。やっぱり戻るよ。」
淡い紫の光を発した。
天輝はうろたえた。
ここは公園。
しかも日曜の昼といえばまさに憩いの場。
さらに言うとさっきから金髪碧眼美少年キルルをちらちらと盗み見ている人間も多いのだ。
「このボケっ!場所考えろ場所ーーーーーーーっ!」
……と、いうわけで。
天輝の絶叫が無事届き、キルルは未だに金髪碧眼美少年なのであった。
しかし天輝にとってはどんな姿をしていようとも……
「だぁーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「今日はこっちだよ。」
「てめーキルルこのやろぉっ!オレを起こすときにランダムで顔変えてんじゃねーーっ!それに人の顔のぞき込むのもいい加減やめろっつってんだろうがっ!」
バコッ ベキッ ボカッ
……厄介なトラブル異星人であることに変わりはないようである。
キルルがボコられながら終わる。
一応続く。