『THE ETERNAL RUNAWAY』 第6話


 「奴ら大使館を爆破する気だ。」


栄一郎は妙な確信を持って言った。
「んなバカな。『マリア』はあそこで踊ってるあの美女なんだろ?」
「自分も爆発に巻きこまれることになる。」
「証拠がなければ動けませんわよ。」
栄一郎はうなずいた。
リーファンたちの言うことはいちいち全部もっともである。
しかし。
栄一郎は広間を見渡し、目を眇めた。
「証拠はない。何もない。でも万が一本当だったらここにいる連中全員死ぬかもしれねーんだ。少しでも可能性があるのなら、それを『絶対に』阻止してやるのがおれたちの仕事なんじゃないのか?」
「…そうだな。たまにはいいこと言うじゃねぇかコバヤシ!」
助がうんうんとうなずいた。
「異存はない。」
角もそれに続く。
「その通りですわ。」
リーファンがにっこりと微笑んだ。
「となればまずは―――」
4人の目が怪しくきらめいた。

 ガコォッ

リーファンの鋭い手刀が部長のゲームボーイを床に落とし、助が素早くそれを拾い上げる。その間に角が部長を取り押さえ、身動きできないようにしたところで栄一郎が説得にとりかかった。
「部長。もしかしたら爆弾が仕掛けられているかもしれません。もしものためにみんなに指示を出してください。」
しかし部長は耳を貸そうとせず、助の方に必死で手をのばして「ピカチュウ返せ〜」などと繰り返すだけだ。
「部長!そんな黄色いヤツにかまけている場合ではないんです!」
「ピカチュ〜ウ!」
「たくさんの人命とピカチュウとどっちが大切ですか!」
「ピカチュ〜ウ!」
いいかげん栄一郎はブチ切れた。
「話聞かんかいわりゃ〜!聞かんとピカチュウいてまうどコラ!」
ふところから銃を取り出し画面上で愛嬌を振りまいているピカチュウにグリグリと銃口をあてる。こめかみのあたりで血管がピクつき奥歯をキリキリいわせている栄一郎の形相はこの世のものとは思えない。
部長の顔色は蒼白だ。
「これは確かに推論ですが、もしも爆発したらみんな死んでしまうかもしれないんです!皇太子だけじゃない、男も女も子供もみんな!」
栄一郎は真摯な表情で訴えた。
部長は目を大きく見開き眉をよせると、栄一郎の肩をがしっとつかんだ。
めったに見ることのできない真剣な顔。
肩をつかむ強い力に、栄一郎は頼もしいものを感じた。
リーファンも助&角もやっとわかってくれたかと胸をなでおろした。
あとは爆発物捜索の指示を出してもらうだけである。
静かな期待をもって部長の言葉を待つ。
固まっていく決意を思わせる心地の良い緊張感が漂う中、部長は震える唇をゆっくりと開いた。

「ピカチュウも?」

栄一郎必殺水戸黄門クラッシュ!
助&角連携ダブル四の字固め!
とどめはリーファンの超・熊殺し!

部長はリング(もとい床)に沈み、血へどを吐きつつおそらく最後になるであろう言葉を紡いだ。
「ピ…ピカチュ…ウも?」
ここまでくるともうあきれて何も言う気がしない。
栄一郎たちは眉をつりあげそろって言った。
「も!」

 その瞬間―――

部長は光った!
頭が……じゃなくて目が! いや、やっぱり頭が!
その輝きは広間全体を真っ白に埋めつくし、人々はあまりのまぶしさに目をつぶった。
栄一郎たちはしばらくまぶたの裏で緑の残像を見ていたが、やがて目を開いたとき、信じられない光景をその目にした!
……しゃべっている。
部長がしゃべっている。
トランシーバーに向かって。
「大使館にいる全警備員に告ぐ!館内に爆発物が仕掛けられている可能性あり。確認はとれていないが万一のためA班並びにB班に捜索、撤去の任務を与える。C班D班は招待客の避難を誘導せよ!できうる限りパニックを起こさせないよう丁寧かつ慎重に説明するように!繰り返し言う!これは確かな情報ではない。だが忘れるな!我々の使命は人々の安全を保証し守ることである!諸君らが迷いなく任務を遂行することを信じている。以上!」
部長の目つきは鋭く、表情もしっかりとしている。
いかにもやり手の上司といった感じだ。
警備員たちはみな部長の言葉に感銘を受けいっせいに動き出した。
普段の部長を知る刑事たちだけが、その場に固まったまま動けなかった。
栄一郎も、リーファンも、助&角も、そろって頬をつねり顔をゆがめるが、それでも今見たものが信じられない。
「何をしている。さっさと客を誘導せんか!」
栄一郎は声を荒げる部長ににじりより、おもむろに部長のほっぺたを引っ張った。

みょぉぉ〜〜〜〜〜ん。 (部長のほっぺたがのびる音)

「た、確かに部長だ!ほっぺたがこんな音たててのびるヤツ部長以外にはいないっ!」
栄一郎たち4人の間に改めて驚きが走った。
「部長!どうしましたの?私達が殴ったせいですの?」
「う〜〜む。部長が二重人格だったとはなぁ。」
「不可解な。」
その間も部長のほっぺたはのびたままである。
「おまえら4人いいかげんにせんかぁぁぁーーーーっ!」

 一方広間にいる人々は急に騒がしく動き出した警備員にとまどいと不安を隠せずにいた。
栄一郎は先ほどマリアが登場した段の上に乗り、叫んだ。
「ひかえおろう!」
リーファンの鉄拳が飛ぶ。
いきなりドタバタ漫才を始めた栄一郎たちを見て客は目を点にし、「なんなんだあいつらは。」と口々につぶやいた。
栄一郎は待ってましたとばかりに助&角に合図した。
「ええい頭が高い!こちらにおわせられるは越後のちりめん問屋……、じゃなかった、水戸のご老公様にあらせられるぞ!」
「この印籠が目に入らぬか!」
栄一郎たちは警察手帳を取り出した。
客は完全にしらけている。
しかし栄一郎たちはめげない。これからが本題である。
「よく聞けい!先刻この大使館に爆発物が仕掛けられているという可能性が浮かび上がった。不確かな可能性なれど、とりあえずの避難を要請したし。」
客がいっせいにざわめき立つ。
栄一郎たちが必死になだめるが聞こうとしない。
やみくもに逃げまどい、出入り口の方に押し合いへし合いつめかける。
栄一郎たちが叫んでも怒鳴っても、悲鳴混じりのざわめきにかき消され効果はなかった。
が。
栄一郎は目を見張った。
人だかりの真ん中に少しずつ少しずつ穴が開いていく。
そこにいるのはマリアと皇太子だ。
ワルツを踊っている。
この騒動の中伴奏もないのに、先ほどと同じ、いやそれ以上の完璧なワルツを踊っている。
微笑みながら。
この状況でワルツを踊ろうとするなんて、普通なら考えられない。
誰もが異様なものを見る目で振り返る。
なのに。
みんなの顔が段々と穏やかになっていく様を、栄一郎は信じられない思いで見つめていた。
落ち着きを取り戻した人々をリーファンと助&角が誘導する。
場がなんとかおさまっていくのを感じると、栄一郎はあてもなく飛び出していった。

 長い廊下を走りながら、栄一郎は頭を無理矢理回転させた。
あのアタッシュケースの大きさからいって爆弾はあまり大きくない。
この大使館をつぶすなら柱を狙うか……だが一番大きな柱があるのは広間だ。広間の下は……

「なんだ?この黒いカバンは。」

階段を下り中庭に出たところで、栄一郎は一人の警備員の声を聞いた。
「それに触るな!爆弾だ!」
警備員は慌てて手を離し、アタッシュケースは音を立てて地面に落ちた。
「っこのバッカやろぉ!衝撃をくわえる奴があるか!ふせろ!」

爆音が、響いた。


 リーファンは一瞬たりとも目をそらすものかとマリアを見張っていた。広間にいたときは仕方がなしに他の客と一緒に避難させたが、その後こっそりとあとをつけた。
なんといっても皇太子が未だにマリアと一緒にいるのだ。
皇太子はよほどマリアのことを気に入ったらしい。
「あなたを狙っている例の人物はその女なんです。」という切り札的な言葉に対しても「こんなに美しい女性がそのようなことをするはずがない。」の一点張りで、あまつさえ広間から避難した後「もっと安全なところへ。」と言う侍従たちを振りきってまでマリアと一緒にいることを選んだ。
温室中の温室で育てられたのほほんおぼっちゃまの運命的で情熱的な恋とでもいうのだろうか。
私情を抜きにして、見張らないわけにはいかなかった。
そんなリーファンの苦悩を知ってか知らずか、ロマンチックな電灯がぼんやりと浮かび上がる裏庭で二人は仲むつまじく戯れている。
そこに一人の影が降り立った。
「迎えが来たようだ。では失礼。」
マリアはさらりと別れを告げるとユダの手をとった。
皇太子はさほどうろたえる様子もなく、
「残念です。私は本当にあなたが気に入ってしまった。またお会いできるでしょうか。」
と言った。
リーファンは軽い違和感を感じた。
あそこまでマリアに執着していた皇太子がこんなにもアッサリと別れることができるものだろうか?しかもマリアは明らかに恋敵と思われるユダの手をとって別れを告げたのだ。世の中を知らないおぼっちゃまがそれほど冷静に受け止められるものなのか?
そしてリーファンは次の言葉を聞いた。

「あなたが我々の気に入る仕事を下さればいつでも。」

「今度はダンスを目的にしてお会いしたいと思っていましたがどうやらあなたという女性を相手にするのにそれは間違っているようですね。きっとあなたは踊っているときよりも戦っているときの方が輝いている方なのでしょう。でもお約束しますよ。私はまたあなたに会う。王室も何かと問題が多いですからね。」
皇太子はやわらかく微笑んだ。
しかしその笑顔はどこか底が見えない。
リーファンは自分の認識が間違っていたことに気がついた。
この皇太子はのほほんおぼっちゃまなんかじゃない。
そしてこの二人は、恋に落ちた側と落とした側なんかじゃない。
最初から、雇った側と雇われた側だったのだ―――!

「そうそう、忘れていた。ユダ、そろそろあの刑事あたりが爆弾を見つける頃じゃないか?」
急に声を大きくしてマリアが言った。
「ああ、そのようですね。ちょうど今何者かに触れられたようです。あの刑事か、もしくは違う人物か。スイッチを入れますか?」
「そうだなぁ。もしもあの刑事がやけどでもしたら大変だからなぁ。」
リーファンは息を飲んだ。
もしかして、バレている―――?
それにどうやら栄一郎が危ないらしい。
今すぐ飛び出していきたい衝動を必死に抑え、リーファンはマリアをにらみつけた。
「秒読みしてやれ。」
「5・4・3……」
リーファンの瞳に涙がにじみ出す。
握ったこぶしに爪がくい込む。
奥歯がカタカタと音を立てる。
「2」
エイイチロー エイイチロー エイイチロー!
心の中で力一杯何度も叫ぶ。

「1」

「いやぁぁぁぁっ。エイイチロォォォーーーー!」
リーファンはとうとうこらえきれずに飛び出した。
その後ろ姿をマリアとユダは嘲りを含んだ目で見送る。
「人が悪いですよ。」
皇太子が笑いながら言った。
「うっとおしくあとをつけてくるからだ。それにしても愚かな女だ。もっと早くに出てきてスイッチを奪えばいいものを。」
「しかし今ごろあの刑事は目を丸くしているでしょうね。」
「ああ。そうだな。」
マリアとユダは吹き出すように笑いながら空を見上げた。

「なにせ、本物の花火だからな。」


 夜空に美しい色彩が散らばった。
際限なく何度も開いては消え、開いては消え、そしてまた開く。
避難した招待客たちは目を輝かせて感嘆の声をあげた。
駆けずり回っていた警備員たちも、部長も、
栄一郎も、リーファンも、助と角も、すべての人が空を仰ぐ。

 魔法のように花火が飛び出すアタッシュケースを見つめたまま、栄一郎はしばらく呆然としていた。
やがて、地面に寝そべり大声で笑い出した。
今ごろきっとあの女はあの男と笑いながら姿を消しているだろう。
自分はまんまと振り回されたのだ。
最初からあの女は『遊び』だと言っていたのに。
元々教えられていた真実を探しまくって見当違いの方向に突っ走る男を見るのは楽しかったのだろうか。
完全に、本当に、これ以上とないくらい、
してやられた。
栄一郎はため息をついた。
しかし顔は笑っている。
笑いが止まらないといった感じで、栄一郎は一回ごろんと転がった。
妙に晴れ晴れとした気分だった。
あの女に出会ったことは自分にとって不運だったのか幸運だったのか。
そんなことを栄一郎は考えた。
もうどちらかわからなくなるくらい惹かれている。
おれは、あの女に。
ますます笑いがこみあげる。

「エイイチロー!人が心配して走ってきましたのにどうして笑ってますの!」

いきなり視界を泣き顔のリーファンが奪った。
「爆弾じゃなかったんですのね……。」
リーファンは次から次へと涙を流しながらも微笑む。
そしてハンカチで涙を拭い、目を閉じうつむいてからマリアと皇太子が通じていた事実を告げた。
リーファンは栄一郎がショックを受けて怒るか落ちこむだろうと思っていたが、栄一郎はそのどちらもしなかった。
ただ余計に大笑いした。
リーファンは眉をひそめて首を傾げた。
「おい!今拘置所から連絡入ったんだが、例の男が逃げ出したってよ。なんでも警備員が気を失う瞬間黒い影を見たってんだがこれってもしかしてあの男じゃねぇのか?」
助と角が駆け寄ってきて言った。
リーファンは戦慄した。
警備が手薄になる今日を狙うとは、これも計画の内だったに違いない。
一体どこまで裏があるのか。
まだまだいくらでも出てくる気がする。
栄一郎は笑いながらせきこみ荒く息をすると、夜空にあがり続ける花火を見ながらつぶやいた。
「認めない。認めねぇぞおれは。絶対捕まえてやる。オレが!この手で!今度こそはずれない手錠をかけて一生牢屋にぶち込んでやるからなっ!あんな女にしてやられたままでたまるかってんだ。」


認めない。
心奪われた、なんて―――。


「私も!今度はしてやられないよう頑張りますわ!」
リーファンが意気込んで言った。
「たぁぁぁまやぁぁぁ♪ しかしケガ人なくってよかったよなぁ。」
「かぁぁぁぎやぁぁぁ♪ だましたのがあの女性なら腹も立たん。」
助と角が笑う。
「花火はキレイだなぁ。この前わしは煙草を買うのを忘れていて代わりに線香花火をくわえてみたんだがするとわしの子供が無邪気な天使の笑顔で打ち上げ花火をわしに……」
「うわっ!部長が元の変なおっさんに戻ってる!」
「そ、そういえばあれからゲームボーイどうしましたの?」
「いやぁ〜、やったらうるさく泣いてる子供がいたんでその子に……」
「ピカチュ〜ウ!」
「部長!落ち着いて!部長ぉぉ!」
「頭を光らせろ。きっとまた変身する。」
「角!それよりリーファンが殴った方が早いぞっ。」
「エイイチローー!」

バキャッ。

薄れゆく意識の中、栄一郎は夜空の花火に誓った。

「今度会ったときはどれだけ逃げてもどこまで逃げても絶対に追いかけていってやるからなーーーっ!」


永遠の追いかけっこ
こうしてここに THE ETERNAL RUNAWAY は幕を開ける。
はたしてマリアは栄一郎に捕まるのか。
ここから先の物語は、まだ誰も知らない――――。
THE END.
    

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