『死神5』

 オレの町では今日も死神が死を売っている。
毎日夜になると、「そこのあなた、死にたくはありませんか?今ならご奉仕価格!たいへんお安い値段で死ねますよー。」なんて声をかけて死を売り歩くんだ。
死神といっても、そんなに怖いものじゃなくて。
窓から手をふれば気安く応じてくる。

「ああ、ようやく来たようだね。あたしは起きられないから、頼んだよ。」
ばあちゃんが父ちゃんに言った。
父ちゃんは一瞬迷ったみたいだったけど、すぐに窓から顔を出して死神を呼んだ。
オレは何がなんだかわからなかった。
どうして父ちゃんはこんなに怖い顔をしているんだろう。
母ちゃんは父ちゃんを見つめながらオレの頭をなでている。
ばあちゃんだけがいつものように優しく微笑んでいた。
なんだか全部がちぐはぐで、オレは一人で首を傾げていた。
そうしているうちに、静かな部屋に響く足音が次第に大きくなっていく。
扉が開かれて、オレは思わず小さな声をあげた。
死神は普通の人間のように見える。
でもその背中に担がれた大きな鎌が鈍い光を発していて、なんだかやたらと怖かった。
父ちゃんも母ちゃんも怖かったのか、死神をじっと見つめている。
ばあちゃんだけがやっぱりずっと微笑んでいた。
「さて、ここからはあたしとこの死神さんとの交渉さ。他のみんなは出ていっておくれ。」
父ちゃんと母ちゃんがオレの手を引いて出ていこうとする。
誰も何も言わない。
オレだけが仲間はずれのようで、とても気にくわなかった。
「オレばあちゃんと一緒にいる!」
だから言ってみたのに、父ちゃんと母ちゃんはものすごい顔をしてオレをにらんだ。
すごく怖かったけど、オレはますます退くもんかと思った。
絶対何か隠している。
オレにはわからないと思って何も言ってくれないんだ。
わかるかもしれないのに。
わかりたいのに。
口をへの字にしたオレを見てばあちゃんがため息をついた。
「しょうがないねぇ。あんたたち、そんな顔せずに離しておやり。大方何も教えてやってなかったんだろう。可愛い顔を台無しにさせてしまってるじゃないか。」
「母さん、でもこの子にそんなこと……」
父ちゃんが力をこめてオレの手をにぎる。
痛い。
手を繋いでもらうの好きなのに、今はこんなにも嫌な思いしか感じない。
「ああ、ほら。痛そうな顔をしているよ。大丈夫、子供っていうのは大人が思っているよりもっと色んなことがわかるもんさ。」
ばあちゃんがこっちにおいでと手を振ってくれた。
父ちゃんと母ちゃんはオレの頭をなでてからそっと手を離した。
何か言いたそうな顔をしていたけど、何も言わなかった。
小さな音をたてて扉が閉まり、部屋にはオレとばあちゃんと死神だけになった。

「さぁ、死神さん。あたしに死を売っていただきましょうかね。」

ばあちゃんは死神から死を買う気らしい。
そうだよな。死神って死を売ってるんだもんな。いくらくらいするんだろう。
そう思って死神の方を見ると、死神は何故かばあちゃんではなくオレを見ていた。
「オレに説明はいらないがこの子供にはいるんじゃないか?」
指が妙な動きをしている。
何かを出そうとしているような、やっぱりやめておいたような…。
「ああ、そうだねぇ。まずは説明する方が先だったね。」
ばあちゃんはにこにこしてオレの頭をなでた。
たいていの大人は頭をなでてくるけど、実は頭をなでられるのってあんまり好きじゃない。
なんか髪の毛がわやわやするし…小さい小さいって言われてるような気がするから。
でもばあちゃんのしわしわの手でなでられるのは好きだった。
温かくて、優しくて。
なんにもいいことをしていなくてもなでてくれる。
大好きって、言われている気がする。
オレはばあちゃんがとても好きだった。
ばあちゃんの手がオレのほっぺたを両側から挟んで、そっとなぞる。
「おばあちゃんはね、もうこの世からいなくなることに決めたんだよ。」
「うん。死を買うってことはあの世に行くんでしょ?オレ知ってるよ。」
ばあちゃんは少し困ったように笑った。
「あの世ねぇ…まぁあるかもしれないけどねぇ…。死ぬっていうことはね、ここにもどこにもいなくなるってことさ。もうどこに行っても会えなくなるってことだね。」
オレはびっくりした。
そんなこと聞いてない。
父ちゃんも母ちゃんも一言だって言ってなかった。
「なんでっ?ばあちゃんなくなっちゃうの?消えちゃうの?どうして?」
「おばあちゃんももう随分長く生きたからねぇ。ここらが潮時なのさ。年をとりすぎたんだねぇ。」
真剣に聞いたのに、そんな答が返ってくる。
「オレ知ってるんだぞ!ばあちゃんは年とってないとばあちゃんじゃないんだ!『潮時』は…知らないけど。」
ばあちゃんは今度は声を出してけらけらと笑った。
オレは何もおかしいこと言ってないのに。
『潮時』を知らなかったことがそんなにおかしかったんだろうか。
「言い方が悪かったようだね。おばあちゃんはね、もう生きていることに疲れたんだよ。体がほとんど動かなくなってしまって下の世話も人にお願いする有様さ。恥ずかしいったらありゃしないよ。そろそろ楽になろうかと思ってね。」
『下の世話』は知ってる。
母ちゃんがいつも手伝いに行くって言ってたやつだ。
最近母ちゃんはいつも疲れてるみたいだった。
父ちゃんもこの頃ずっと仕事ばっかりで疲れてるみたいで、どうしてそんなに疲れるようになったんだろうと思っていたけど…ばあちゃんも疲れていたなんて知らなかった。
でも疲れてるんなら消えてしまわなくても疲れなくすればいいだけの話だと思うんだけど。
「『下の世話』が自分でできたら消えなくてすむんでしょ?練習すればいいよ。オレこの前先生に教えてもらったんだ。練習の努力が大事だって。」
「おばあちゃんはもう練習できないしする元気もないんだよ。」
ばあちゃんがオレの頭をなでる。
練習できない?する元気がない?
でもそうしたら…ばあちゃんは消えてしまう。
「元気になろうよ!なんで疲れるの?ばあちゃん消えちゃ嫌だよ。」
オレは段々泣きそうになってきた。
泣いたら…泣いたら「男の子は泣かないの。」って言われる。
でも鼻の中が痛かった。
「だから言ったろう。おばあちゃんは長く生きすぎたんだよ。今までの人生色々あったねぇ…こんなポンコツになっちゃった体でこれからの人生も乗り越えて行くのは厳しいからねぇ。」
人生色々あってなんで疲れちゃうんだろう。
オレはこの前父ちゃんが読んでいた本のことを思い出した。
寝る前に父ちゃんが小さな明かりをつけてじっと読んでいた本。
何が書いてあるのか知りたくて聞いたら「人生は素晴らしいってことが書いてあるんだよ。」って言ってた。
先生も前「生きてるってことはすごいことなんですよ。」って言ってた。
なのにどうしてばあちゃんはそんなことを言うんだろう。
ばあちゃんは何もかもわかっているみたいに笑って、
「人生ってそんなに楽しいもんじゃないよ。だからこそ人生なんだねぇ。おばあちゃんはもう疲れちゃったんだよ。」
と言った。
わからないよ。
そんなふうに笑って言われたって。
「オレはばあちゃんが疲れてても消えてほしくない!それでも生きててほしいよっ!」
我慢していた涙があふれた。
ばあちゃんは「男の子でしょ。」とは言わなかった。
いつものように優しくオレの頭をなでて、
「すまないねぇ。」
それだけだった。
そんな言葉が、ほしいわけじゃないのに。
オレはばあちゃんを見ていたくなくて部屋を飛び出した。

「……いいのか?」
「いいんだよ。孫にはなるべく嘘はつきたくないからねぇ。」
「二分の一の真実だがな。」
「ああそうさ、若いうちはその二分の一に反発しながら生きていて欲しい。だからこれでいいのさ。」
「年寄りはよく客になる。本人の場合もあればその家族がオレと話をつけるときもある。」
「…生きていくためには色んなものが必要になるからねぇ…。それでもね、あたしが死を買うのは疲れたからさ。子供の疲れた顔を見るのにさえ…疲れちゃったからだねぇ。」

うずくまってもたれた扉の向こうに、そんな声を聞いた。
耐えられなくて。
泣き声がもれないように口を押さえながら階段をおりた。

「…行ったな。」
「…?今何か言ったかい?」


父ちゃんと母ちゃんはオレの顔を見ると二人して抱きしめてきた。
黙って抱きしめられていればよかったんだろうけど、どうしても言わずにはいられなくて。
それでも言葉にできなくて。
「ばあちゃんが…ばあちゃんが……っ」
「…おばあちゃんが…自分で決めたことなんだよ……。」
父ちゃんが言ったことに腹が立った。
「ばあちゃんが消えちゃったらオレ嫌だ!すっごくすっごく嫌なのになんでわかってくれないんだよっ!ばあちゃんわがままだ。…ずるい。」
母ちゃんが鼻水をふいてくれながら言い聞かせるように言う。
「おばあちゃんは……おばあちゃんはね、これからどんどん衰弱していってしまうから…私たちのこともわからなくなってしまうかもしれないの…。そんな姿を私たちに見せたくないという思いもあるのよ…。」
父ちゃんが付け足すように言う。
「おばあちゃんは寝てても体の節々が痛いときもあるんだよ。これからもっともっと痛くなってしまうかもしれないんだ…。」
「でもオレはばあちゃんが消えるのは嫌だ!なんで父ちゃんと母ちゃんは認めちゃうの?ばあちゃんが消えちゃってもいいの?」
父ちゃんと母ちゃんは何も言ってくれなくなった。
いらいらして、何か怒鳴ってやろうと思ったら、父ちゃんが赤い目でオレを見た。
「…おばあちゃんの痛みはね、ある程度は薬でなんとかできる。でも僕たちの稼ぎでは…お医者さんに見てもらうのが精一杯なんだ。おばあちゃんに生きていてもらいたいけど…おばあちゃんにとっては苦しいだけになってしまうかもしれないんだよ…。」
そうして父ちゃんはまた何も言わなくなった。
オレももう何も言えなかった。
でも、代わりに心の中で叫ぶ。

それでも生きていてほしいんだ。
ばあちゃんに生きていてもらいたいんだよっ!

わがままなのはオレなのかもしれない。

階段が軋む音がして振り返れば、死神が手招きしていた。
「死を買う前にもう一度だけ顔を見ておきたいそうだ。」
父ちゃんと母ちゃんは青い顔でゆっくりと動いた。
オレも少し間をあけて、ゆっくりと歩いていく。
階段が終わらなければいいと思った。
「おやおや、ひどい顔だねぇ。この顔見ながら死ぬのかい?」
ばあちゃんはやっぱりにこにこした笑顔を浮かべていた。
「あたしは死に方を選んだだけさ。贅沢だろう?」
父ちゃんと母ちゃんは黙ったまま俯いている。
オレもそうしたかったけど、頑張ってばあちゃんの顔を見ていた。
ばあちゃんがオレの視線に気づいて、笑顔でオレを呼ぶ。
近づくとその手はいつも通りにオレの頭をなでて、数分後には消えてしまうなんて信じられなかった。
「死んじゃうの?」
「ああ、そうさ。」
「本当に?」
「決めたことだよ。」
「どうして?」
「疲れたからさ。」
あっさりと、なんでもないことのように返ってくる言葉たち。
聞けば聞くほど悲しくなる。
そして、その向こうで、まるで秒読みのように近づいてくる足音。
あの鎌が、ばあちゃんを消してしまうのだ。
どこに行ってももう会えない。
ばあちゃんがいなくなってしまう。
そしてそれは、ばあちゃん自身の望み。
「もういいか?」
死神がなんの感情もこもっていない声で尋ねた。
「最期に見るには嬉しくない表情だけどねぇ。もう心残りはないよ。」
ばあちゃんは笑って父ちゃんと母ちゃんとオレを見た。
「さあ、見たくなければ出ていくんだよ。これでお別れだ。」
この部屋を出たら、次に入ったときばあちゃんは死んでいて、もう会えない。
父ちゃんと母ちゃんがオレの手を引っぱる。
死神がばあちゃんに近づいていく。
あの不気味な鎌が、鈍く光る。
やっぱり。
「やっぱり死んじゃ嫌だ!生きられるだけ生きててよ!もう生きていられないほど苦しくなったらオレがばあちゃんを消すから!だから!死神の死なんか買うなよ!自分から消えちゃわないでっ!」
止まらなかった。
気がついたら叫んでいた。
わがままでもなんでも、生きていてほしい。
ずっと笑って、そこにいてほしいんだ。
「この年寄りに…このうえまだ人生を味わえと言うんだよこの孫は。こんな孫を持って……あたしは…本当に贅沢な婆だねぇ…。もうね、死は…買っちゃったんだよ。それで後悔はないのさ。大きくなったおまえを見られないのが…残念といえば残念だけどねぇ…。」
死神の、足音が…する。
オレはばあちゃんにしがみついた。
こんなに、温かいのに。
これから消えちゃうなんて嘘だよ。

「オレは年寄りの客が嫌いなんだ。」

死神の言葉に、オレは思わず顔をあげた。
死神は思いきり不愉快といった感じで顔をしかめている。
「…悪いが割り増しさせてもらおう。」
「今さらそんなことを言うのかい?まぁいいよ。いくらだい?」
死神はすっとオレを指さして、低く告げた。
「この子供の命。」
肩が震える。
今すぐにでもオレを消すとでも言いそうな、冷たい瞳。
父ちゃんと母ちゃんが信じられないという目で死神を見ても、少しも動じる様子がない。
しがみつく手に力を込めれば、ばあちゃんがため息をついた。
「それじゃあ買えないねぇ……。」
困ったように、それでも微笑んでいた。
「でもあんた、そういうのは商売人失格じゃないのかい?」
そう言えば、死神はちょうどくるりと踵を返したところで。
「まったくだ。だからその子供がおまえのためにオレを読んだとき、特別に無料で死を売ってやろう。」
そのまま扉に手をかけて去ろうとしている。
オレは死神の背中の鎌を見ながら、言葉の意味を考えていた。
ようするに、ばあちゃんは死を買えなかったということだろうか。
「…一つ聞いていいかい?どうして年寄りの客は嫌いなんだい?」
ばあちゃんの声は何故か面白がるような響きを含んでいて。
死神は、ただ一言。

「煙草が吸えない。」

そう言って扉を閉めた。
唖然とする父ちゃんと母ちゃんの前でばあちゃんだけがけらけら笑っていた。
「随分礼儀正しい死神だこと。いい死神にあったんだか悪い死神にあったんだかわかんないねぇ。…でもあたしが死を買い損ねたのはどうやら確かなようだよ。」
オレの頭を優しくなでるばあちゃんの手。
死神の足音はもう聞こえない。
「もうちょっとだけ…生きてみようかね。あたしが次にもうダメだと言ったとき、またはおまえが判断したとき、そのときはまた死神を呼んでおくれ。」
オレは力いっぱい頷いたけど、何も言えなかった。
一言でも声を出したら涙がぼろぼろ出てきそうで、ただただ頷いていた。
本当は、ばあちゃんに言いたいことがたくさんあるのに。
声にできなくて、段々悔し涙になってきて。
そんな涙じゃないのに。
もったいなくて。
一滴こぼれたら、もう止まらなかった。
ばあちゃんの手は、いつもと変わらず優しくて温かくて、やっぱり大好きだった。
「お母さん……」
父ちゃんも母ちゃんも泣いていて、なんて言ったらいいかわからないみたいだった。
「ああ、そんな顔をするんじゃないよ、みんなして。いいかい、あたしはもうちょっとだけ生きることに決めたのさ。おまけの時間を拾ったようなもんだねぇ。だからね、残り少ない時間、疲れた顔じゃなくて楽しい顔を見せておくれ。無理して作った顔もごめんだよ。あたしのことは気にしなくていい。おまえたちがいい暮らしをして、幸せな顔を見せておくれ…。」
ばあちゃんは笑ってたのに、なんだか目が潤んでるみたいだった。
みんな泣いていた。
オレは泣きながら、ばあちゃんにしっかりとしがみついていた。
ばあちゃんは温かくて、いつまでもそうしていたかった。


 夜が待ち遠しかった。
「そこのあなた、死にたくはありませんか?今ならご奉仕価格!たいへんお安い値段で死ねますよー。」
その声が聞こえた瞬間、オレは急いで玄関を出て死神を呼び止めた。
「ばあちゃんが…すごく痛そうで…オレの顔ももうほとんどわからないみたいなんだけど…時々言うんだ。もういいよ。死神を呼んでおくれ。って。だから…だから……」
死神は無言で頷いた。

ベッドの上のやせ細ったばあちゃんを見て、淡々と背中の鎌を握る。
「約束通り無料で売ってやる。」
するとばあちゃんは少しだけ微笑んで、父ちゃんと母ちゃんとオレの方を見た。
「ああ…あたしはやっぱり贅沢な婆だよ…。幸せな時間をおまけにもらって…こうやって死に方を選べて…これ以上生きていたら罰が当たるってもんさ。だから…あまり悲しむもんじゃないよ。自分のせいだなんて思ってもいけない。こうやって…おまえたちに注文をつけるくらい…あたしは本当に…贅沢な婆さ…。おまえたちに囲まれて死ねるくらい…幸せだっていうのにねぇ…。」
本当は、オレはあのとき死神の死を買わせなかったことを少し後悔していたんだ。
もしかしたらあのまま楽に消えちゃっていた方がばあちゃんにとってはよかったのかもしれない。
苦痛に顔を歪ませるばあちゃんを見るたびそう思ってた。
笑ってるばあちゃんしか想像できなかったから。
このままずっと苦しそうな顔しかすることはないのかなぁと思うと胸が痛くて、それはオレのせいなんだと思っていた。
幸せだった?ホントに?楽しかった?
そう聞きたかった。
でも、聞いてしまえばオレの欲しい言葉を返してくれるような気がして。
それは嫌で。
死神の鎌が振り上げられるのを目の端で見て、ばあちゃんから一瞬だって目をそらすものかと唇を噛んでいた。

「…いい人生だったよ。」

風が前髪をなでた。
大鎌が音を立てて振り下ろされ、ばあちゃんは消えなかったけど、二度と目を開けなくなっていた。
胸の上で組まれた手を触れば、あのときのような温もりはなく。
これはもう、ばあちゃんじゃない。
死が目の前に横たわっていた。
悲しかった。
とても悲しかった。
ばあちゃんは悲しむなって言ったけど、これはしょうがないんだと思った。
父ちゃんと母ちゃんが目元をおさえ、その場にしゃがみ込む。
オレも、声もなく泣いた。
死神が静かに出ていったときも、声を出せなかった。
「ありがとう。」とは、とても言えそうになかった。

一日たつと、父ちゃんと母ちゃんは葬儀屋だのなんだの色んな人を呼んで忙しそうに動いていた。
最初は腹が立ったけど、よく見れば父ちゃんも母ちゃんも元気がなかった。
オレは何もすることがなくて、ぼーっとイスに座っていて、やっぱり悲しかった。
少しだけ父ちゃんと母ちゃんが羨ましい。
でも、オレも明日には学校に行かないといけない。
そんなふうにして時間はたっていくんだろう。
ばあちゃんがいなくても。
オレは父ちゃんと母ちゃんが忙しそうにしている間、思う存分悲しむことにした。
悲しめるときに思いっきり悲しんでおこう。
悲しんで悲しんで、早く、ばあちゃんの注文を叶えられるようになるんだ。
今日の夜は、まだ無理。
でも明日…明後日には、死神に御礼くらいは言えるように。
END.
一応続く。
NEXT

   

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