『死神3〜表〜』

 ぼくの町では今日も死神が死を売っている。
毎日夜になると、「そこのあなた、死にたくはありませんか?今なら十年に一度の大セール!お手ごろ価格で死ねますよー。」なんて声をかけて死を売り歩くんだ。
死神といっても、そんなに怖いものじゃない。
窓から手をふれば気安く応じてくれる。

 ぼくは二階の窓によじ登って大声で死神を呼んだ。
通りを歩いていた人たちがいっせいにこっちを見たけどあまり気にしてられない。
とにかく早く話をつけてしまいたかった。
死神はぼくの顔を見て少し考えるような素振りをすると、一言言った。
「おれの死はタダじゃないぞ。」
ぼくはもちろんだとうなずいた。

 死神を間近で見たのは初めてだった。
姿形は普通の人間とほとんど変わらないけど、その肩にかつがれた大きな鎌が明らかに尋常でないオーラを放っていた。
ぼくは必死にそれをにらみつけた。
そうしないと泣き出してしまいそうだった。
「で?子供がなんの用だ。」
そんなぼくを見て死神はあきれたように短いため息をついた。
ぼくはカッとして文句を言ってやろうと口を開いたけど、出てきたのは別の言葉だった。
「死を売ってよ!父さんの仇をとるんだっ!父さんは殺されたんだっ!」
何度も心の中で唱えてたから自然と出てきてしまったんだ。
死神は今度はわざとらしく長いため息をついた。
それでもぼくはしゃべり続けた。
父さんが死んでから今までずっと我慢してきた分止まらなかった。
「ぼくの父さんは絵描きだった。父さんは絵を描くことが大好きだった。なのに、あいつの絵を見てから……っ!父さんは上手い絵ばかり描こうとするようになって、ついには首つって死んじゃったんだ!」
しゃくりあげて最後の方は言葉にならなかったけど、涙だけは絶対に流さなかった。
ぼくはまるで父さんの仇を見るような目で死神をにらみ続けた。
そうすることでぼくの気持ちを少しでもわかってもらえるかもしれないと思ったからだ。
でもそれは甘かった。
死神は芝居がかった感じで首を振ると、
「最近の子供ってのはどいつもこいつも……」
とつぶやいた。
こいつはまじめに話を聞く気なんかないんだ。
ぼくはそう思うとすごく腹が立って思わず死神に殴りかかった。
「死神のおっさんは死を売ってるんだろっ!買うって言ってるんだから売ってよ!あいつを殺してやるんだっ!あいつが父さんを殺したようにぼくがあいつを殺してやるんだぁっ!」
すると、死神は肩眉をつり上げて言った。
「ならナイフでも包丁でも使って殺してくればいい。」
ぼくは死神を殴っていた手を止めた。
「仇を討ちたいのなら俺の死なんか買わずに自分で殺しに行けばいいだろう。おれに頼むと純粋な仇討ちもただの凶悪犯罪だぞ。もっとも人殺しに純粋も何もないがな。」
死神はぼくを見下すように笑った。
ものすごく腹が立って、腹が立って、腹が立ったけど、ぼくは何も言い返せなかった。
死神の言ったことは正しい。
普通ならそうするべきなんだろう。
でもぼくは言われるまでそんなこと考えもできなかった。
ぼくはそれはなぜなのかを考えることもせずに、何も言い返せなかった分思いっきり死神をにらんだ。
そんなぼくを、死神は鼻で笑った。
「痛いところをつかれてそんなことしかできないのか。」
頭に血が上るのがわかった。
「おれが言ってやる。おまえは『あいつ』を殺してやりたいと思いつつも怖くてできない。人を殺すのも、犯罪者になるのも怖い。そこに死神の登場だ。奴らは死を売っている。自分は買うだけでいい。怖いことは全部奴らが引き受けてくれる。『ぼく』はただ泣いていれば『かわいそうな子供』のまま汚れずにすむ。おまえはそう思って……」
「違うっ!」
僕は死神の言葉をさえぎって力一杯叫んだ。
こらえていた涙が全部あふれた。
悔しかった。
何もかもがすごく……悔しかった。
死神の態度や言葉も。
一言もうまく言い返せないことも。
涙を流してしまったことも。
悔しいから泣いていると思われることも。
なにもかもに悔しさを感じている自分自身も。

 ふと気がつくと、死神の手が頭をなでていた。
死神の手は意外に温かく心なしか優しかった。
死神の手がひとなでするごとに、ぼくは伏せていた顔を少しずつ上げていった。
泣き顔を見られたくはなかったけど、死神が今どんな顔をしているのか知りたかった。
死神は相変わらず人を小バカにした笑いを浮かべていた。
「おまえの父親は死にたくて死んだだけだ。それでも仇をとりたいというのなら勝手にとればいい。だが本当に憎いか?悲しみを憎しみにすりかえたんじゃないのか?とにかくそんな覚悟で他人の命をどうこうしようとは思わないことだな。」
言葉は厳しく口調も冷たかったが、ぼくはさっきとは違う気持ちで涙を流していた。
なんだかたまらなくなった。
しこたま泣きじゃくったあと、ぼくは壁に掛けられていた絵を死神に突きつけた。
父さんが描いた絵だ。
「小さい頃から母さんはいなくてぼくには父さんだけだった。ぼくは父さんが大好きだったんだ。父さんは絵を描いてるときすごく幸せそうだった。ぼくはそんな父さんを見るとすごく幸せになれた。なのに父さんは変わってしまった。あいつが……っ、ぼくの大好きだった父さんを殺したんだっ!」
さっきまでに比べるとぼくの気持ちはずいぶん静かだった。
一度泣くことでかえって落ち着いたのかもしれない。
でもあいつに対する憎しみは消えなかった。
悲しみをすりかえたのかどうかなんて知らない。
わからない。
だけどぼくは本当にあいつを殺してやりたいのだ。
そうせずにはいられないのだ。
決めた。
「ぼくの手であいつを殺してやる。この手で父さんの仇を取ってやる。」
はっきりと宣言して、ぼくは台所から包丁を持ち出した。
死神は何も言わなかった。
「死神のおっさん、もう死は買わない。その代わり手伝ってよ。ぼくが失敗しないように。ちゃんとあいつを殺せるように。」
ぼくがそう言うと、死神は胸元から煙草を取り出して火をつけた。
「管轄外だ。」
「タダで働かそうなんて思ってないよ。」
「子供だからといってまけてはやらんぞ。」
「もちろんさ。」
すると、死神は大きく煙を吐き出して言った。
「相場の3倍だ。」
ぼくは思わず顔をしかめたが、死神は「嫌ならいい。」と言わんばかりにニヤリと笑っている。
……足元見やがってっ!
失敗した。
この死神は根性が悪い。
でも今さら引くわけにはいかない。
ここで引いたら悔しすぎる。
ぼくは顔をひくつかせながらも承諾した。

パタン。

死神は最後まで人をバカにした笑いを浮かべたまま部屋を出ていった。
なんでも下準備が色々とあるらしい。
ぼくはやり場のないムカムカをなんとかしたくて死神が出ていったドアに向かって舌を出した。
その途端、
閉められたばかりのドアが勢いよく開いた。
思わず息をのむ。
舌を出したまま硬直しているとドアの向こうから死神が顔だけ見せて一言言った。

「言い忘れた。『おっさん』って呼ぶのをやめたら2倍にまけてやる。」
「 死神3 〜裏〜 」へ続く。
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