『死神』

 僕の町では今日も死神が死を売っている。
毎日夜になると、「そこのあなた、死にたくはありませんか?今ならサービスでいつもより安い値段で死ねますよー。」などという声をかけて死を売り歩くのだ。
死神といっても、そう怖いものではない。
窓から手をふれば気安く応じてくれる。

「繁盛してるかい?」
家の二階の窓から、僕は軽く声をかけた。
僕と彼は友達で、靴屋の僕は彼とよく商売の難しさについて話し合ったりするのだった。
「おう、盛況だとも。」
彼はにんまり微笑んだ。
僕の方は最近お客が減って経営が思わしくなかったので、彼の微笑みが少しカンにさわった。
「あがっておいでよ。話を聞きたいんだ。」
僕は彼を家に招いた。

 大きな鎌を肩にかついで、彼は階段を上がる。
あの大きな鎌だけが、彼が死神であるということを証明していた。
「最近は死がよく売れてるのかい?」
僕が聞いた。
「とてもよく売れてるよ。最近の人間はみんな死にたい奴ばっかりみたいだな。」
彼は煙草をふかしながら言った。
「なんでみんな死にたいのかな。」
僕は少しだけ不思議に思ったが、心の奥では妙に納得していた。
「おもしろくないからだろ。」
「え?」
「おもしろかったら考えるヒマなんてないけど、おもしろくなかったら考えちゃうだろ?」
「何を?」
僕は半分わかっているような気がしたが、なんとなく聞かずにはいられなかった。
彼は言った。
「どうして生きているのかってことをさ。」
僕は黙りこんだ。
その通りだと思ったからだ。
ちょっと前までこの町にはあわただしい空気が流れていた。
ダムを建設するとかで町がなくなるかなくならないかの大問題をかかえていたのだ。
みんながみんなこの町を守るために立ち上がり、あっちこっちに走りまわった。
今思えば僕らはあの危機を楽しんでいたのだ。
町がなくならずにすみ、この一件が解決して平和が戻ったと思ったけれど、平和っていうのはどうしようもなくヒマなことだ。おもしろくもなんともない。
そして、ふと考えてしまうのだ。
自分がなぜ生きているのかを。
「そんなこと考えたって人間に答なんてあるわけないんだ。他の動物なら、自分の種族を絶やさないよう子孫を残すためという理由ですむが、人間の場合はそれじゃあ納得しようとしない。もっと高尚な答じゃないと満足しないのさ。これ以上に高尚な答なんてないだろうに。」
彼はちょっとあきれ気味に言った。
僕は何も言えなかった。
子孫を残すためだけに生まれてきたのなら、どうして僕らの一生はこんなに長いのだろう。
目的もなく過ごす残りの日々に、どう理由をつけろというのか。
真実だと信じられるものでないと納得できない僕らの心を、どうごまかせというのか。
思いこみで生きていくのはつらすぎる。
僕はしだいに何も考えられなくなっていった。
僕をこの世につなぎ止めている家族や友人の存在も、何もかもを。
気がついたら口が勝手に動いていた。
「死を売ってくれないか?」
彼の横に立てかけてある大きな鎌が鈍い光を発した。
彼自身は目をまるくして、少し驚いた様子だった。
考えるようにして目を伏せ、小さくため息をつくと、彼は指を数えてみせた。
「高いぞ。」
それは彼の優しさだったのだと思う。
でも僕は彼の優しさに答えられなかった。
自分の存在の無意味に、あるいは無価値に、もう僕は耐えられそうにない。
今まであまり考えたことがなかったけど、改めて考えてみると僕という存在はあまりに軽くて、いてもいなくても大差ないのだ。
「かまわないよ。」
僕は言った。
彼は無表情だった。
初めて味わう彼の鎌は、冷たくて鋭かった。


 平和で退屈な町の路地裏で死神が二人、話をしていた。
一人は男で、一人は女だった。
二人とも死神のシンボルともいえる大きな鎌を持っている。
男の死神の方の鎌は、まだ血を吸って間もなかった。
「あんたもいいかげんに人間なんかと必要以上に関わるのやめなよ。奴らはどうせみんな一緒なんだから。」
女の死神が言った。
「強い人間を見てみたいんだ。」
男の死神は煙草に火をつけながら言った。
「存在理由なんかみんなそれぞれ個人単位の軽いモンで、自分は身近な人や自分自身が必要としてればそれでいいって悟ってる人間なんてそうそういないよ。人間は弱い生き物だからね。自分が出した答が正しいという証拠がないと安心できないんだよ。」
「人間は自分の存在に大きな意味がないと耐えられないようだった。傲慢で尊大でありながらなんてもろい生物なんだろう。当たり前のことに耐えられない。不思議な生き物だ。」
二人の死神は人間という生物についていろいろと話し合い、やがて夜になると、死を必要とする客を求めて町を歩いた。


「そこのあなた、死にたくはありませんか?今ならサービスでいつもより安い値段で死ねますよー。」
END.
一応続く。
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