『クリスマス・パレード』

『スノーマンは眠らない』


 それが作られたのは十日前。小さな手と手が気まぐれに、けれど弾けんばかりの笑顔で与えた命でもって、毎日街を眺めていた。
 次第に増えるまぶしい光。彩られていく緑の三角。赤い飾りはあちこちに。絶え間なく響く金色のベル。
 夜が美しさを増していく。みんなその日を迎えるために。
 ――そして、十日目の今日。それはじっと眺めていた。
 真っ白なケーキを真ん中に、幸せそうな家族の姿。玄関をたたく赤い服。金のリボンの大きな箱に、ピカピカ輝く子どもの笑顔。
 それは、じっと、眺めていた。
 やがて家々の明かりが落ちて、天から銀の光が舞い降りて。親たちが子どもの枕元に明日の笑顔を。頬にぬくもりを落とすのを。
 それはじっと眺めていた。

 この、もっとも美しい日を。

 やがて来る消滅のときにも、一秒だって忘れぬように。
END.
  

『星に願いを』


 サンタクロースは何も知らない。

 自分がいつから存在するのか、誰が最初に名を呼んだのか、何も知らない。
 何故プレゼントを配るのか。
 ただその日だけ浮き上がり、ただそれだけを為していく。
 それでも。
 子どもたちの寝顔に出会うたび、たった一つ、はっきりとわかることがある。

 この日のために、生まれたのだ。

 プレゼントを配り終え、サンタクロースは星を見上げる。
 願いは聞き届けられるのか、知るはずもない。
 届かなくても、宇宙に放つ。

 みんな、幸せになれますように。

 夜空にとけてたゆたいながら、サンタクロースは幸せだった。
END.
  

『特別な日』


 おかあさん。

 心の声を音にできず、少年はずっと立ちつくしていた。思い詰めたように顔を上げ、すぐにうつむき、何度も喉をひくつかせてはコクリと息を押し込んで。
 母は一度も振り向かなかったが、その背中は段々といらだちを募らせているように見えた。
 少年は大きく息を吸い込んだ。
「お、……おかあさん、知ってる? 今日は、クリスマス、だよ?」
 母親は洗濯物をたたんでいる。
「学校で、いっぱい、歌ったよ」
 ゆっくりと手を止めて、乱れた髪をかき上げる。
「クリスマスだよ。おかあさん……」
 少年の声が消えていく。母親はため息をついて振り向いた。
「だから何……っ?」
 ごめんなさい。
「ケーキを買えってっ? プレゼントを用意しろってっ? 白々しく祝えってっ? うちには関係ないのよ!」
 おかあさん、怒らないで。疲れてるのに、わがまま言って、ごめんなさい。
 少年は唇をわななかせたが、思いは一つも音にならなかった。
 母親はまたため息をつき、背中を向けて洗濯物を運び出した。少年はそれを目で追いながら、いつもと変わらぬ一日が過ぎるのだと知った。

 おかあさん。

 口が動かない。

 母親は居間に戻ると、しばらくしてからテレビをつけた。少年は思わず目を瞬く。
 テレビの音はうるさいから嫌いだって、めったにつけないのに。
 ニュースを飛び越えアニメを飛び越えスポーツ中継を押しのけて、落ち着いた先はバラエティーのクリスマススペシャル。
 少年はますます驚いて母を見る。しかしそこにはリモコンだけ。母は電子レンジの前でコンビニ弁当が温まるのを待っていた。
 テレビから大きな笑い声がする。少年はどきどきする気持ちを押さえながらテーブルにつく。
 インターホンの音が響いた。
「あんた出なさい」
 母親が時計を見て言った。少年は不思議に思ったが、すぐに受話器を取って尋ねた。
「だれですか?」
「由美江おばさんだっよーん!」
 突き抜けて明るい声は母の友達。
「今日はママじゃなくてボクに用事があるのです。ちょっと出て、くれるかなーっ?」
 母親の背中を見てから玄関へ向かい、言われた通りにドアを開けると、
「はい出てきて出てきてー」
腕をぐいっと引っ張られ、
「はい閉めて閉めてー」
出てきた扉がパタンと閉まる。
 おばさんはにんまりと笑って少年を抱えた。
「クリスマスパーティーにれっつらゴーウ!」
「え? ええっ? ま、待って!」
「何かなー? お楽しみのネタはひ・み・つ♪」
 そう言いながらも歩き続ける。
「おかあさんが!」
「今日はそんなの気にしなーい」
「なっ」
「ケーキにツリーにプレゼントっ♪ サンタだって来ちゃいます!」
「な、の……っ」
「なんとケーキは手作りだー!」
「そんなのいらない! 離せよっ!」
 動きが止まる。
「あ、ちが、違う。今日は、特別だから。おかあさんがテレビつけたんだ。帰らないと……」
 おばさんは困ったように微笑んだ。
「ここだけの話なんだけど……、君を連れ出すように言ったのはあの子なの」
「え……? なん、で……」
「んー。クリスマスに何をするものなのかは知ってる。けど自分はそうしたことがないから、どうすればいいかわかんないんだって。わかるかな? ボク」
 少年にはよくわからなかった。わからなかった、けれど。
 つまづくように走り出す。
 ティッシュ配りをするサンタ。プラスチックのツリーに電飾の星。
 けれど、今日は、特別な日。

 ドアノブは回らなかった。ポケットに入れっぱなしだった鍵を乱暴に突き刺して開け放ち、靴を脱ぎ捨てて数歩歩けば、テレビはすでに、消されていて。食卓で一人、頬杖をつく母。ひどく驚いた顔をしている。
 少年の喉が震える。
「何しに戻ってきたの」
 母親が顔を背ける。
 そのまま言葉は重くなり、結局何も言えなくて……。いつも、いつも、そうだった。

 おかあさん。

「おかあ、さん」

 ケーキも、プレゼントも、なくていいから。

「……こっち、見て。いっしょに、いて……」

 体の外が静けさを増す。歪む視界で、見つめ続ける。
 母の顔がかっと赤くなった。
「なに馬鹿なこと……っ」
 少年はびくりと体をすくめる。
「あんたの分の夕飯買ってないわよ! これでも食べてさっさと寝なさい!」
 母親は部屋に入って鍵をかけてしまった。残されたのは……

「ケーキ、だ」

 コンビニで売ってる。二百円くらいの。それでも今日のために作られた、特別な。特別な……。

 いつか、普通になればいい。

 頑張って普通にすればいい。
 そうして『特別』はもっともっと素敵な『特別』へと変わるだろう。

 ケーキはとても美味しくて、少年は小さな声を立てて笑った。
END.
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