『手と手』

 「やあ、どうしてそんなところにいるんだい?」
Jが言った。
Yは真っ暗なところにひとりで座りこんでいた。
Jの笑顔があまりにも明るく影がなかったので、YはJの顔を見ることができなかった。
「ここにいると安全だし、気楽だからさ。」
Yはひざをかかえて頭を下げた。
Jに顔を見られないように。
それはすぐに気づかれた。
「どうして君は僕の顔を見ないの?」
Jが言った。
「君には説明したって解らないさ。」
Yは内心ビクッとしたが、努めて平静を装った。
Jの顔を見ない理由なんて説明する気はない。
それどころか絶対に解ってほしくなかった。
「見ないの?見れないの?」
Jが言った。
Yは心を全部見透かされているような気がして、カッと頭に血が上った。
「うるさい!おまえなんかどっか行け!」
腹から声を出してどなりつけたが、Jはこたえた様子がなかった。
「君がさみしそうだから、ここにいるよ。」
Jが言った。
Yはますます腹が立った。
「別にさみしくなんかないさ。いい子ぶった慈善なんていらないよ。」
Jを思いきり傷つけてやりたくなった。
影のない笑顔をぶっ壊してやりたくなった。
「さみしそうな人を慰めたいと思うのがどうしていけないんだい?」
Jが言った。
「優越感を慰めに変えるのはやめろよ。それに僕はさみしくなんかない。」
「人の温かさが信じられない人をさみしい人と言うんだよ。」
Jが言った。
「……みんなが何を考えてるかなんて解らないし、心は変わるさ。」
Yはみじめな気持ちになってきた。
泣きたいけれどなんとなく泣けなかった。
それさえもみじめだった。
「魂はそれぞれ一つずつ体という器に入っていて、魂だけでふれあうことはできないよ。」
Jが言った。
Yはもう何も言う気がしなかった。
とにかくJに早くどこかへ行ってもらいたかった。
これ以上自分を見られたくなかった。
「でもほら、こうして手と手をつないで温かさを伝えることはできる。」
Jが言った。
Yの両手がJに優しく握られている。
Yは思わずJの顔を見た。
「人の温かさが信じられないのは君がまわりをよく見ていないから。嫌な部分だけが人じゃないだろう。」
Jが言った。
Yはとまどっていた。
Jの心は読めない。
何を思っているのかわからない。
ただつないだ手から温かさが伝わってくるだけ。
それだけでは足りなくて、それだけで十分だった。
ふと深呼吸してみると、安らかで優しい気持ちになれた。
いつのまにか目から涙が流れていた。
Jに泣き顔をのぞかれていることに気づいて、Yは顔を赤くした。
「……全部信じたわけじゃない。」
Yが言った。
「うん。」
Jが言った。

 Jはうれしそうに微笑んでいた。
 Yも口の端で少し微笑んだ。

 ふたりは手をつないだまま外にでた。
外はおひさまがポカポカ照っていて暖かかった。
Yははじめておひさまの光を感じた。
はじめておひさまの光に気づいた。

 それはつないだ手と同じくらい温かかった。
おわり。
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