『正義の味方だジャスティスレンジャー!』

1.オープニングナレーション


お茶の間のみなさんこんにちは。
突然ですが世界は危機にさらされています。
狂気の科学者イトウノリユキ博士がついに最強破壊兵器『ポチフラワーくん三号』を完成させたのです。
その破壊力たるや一発で地球はこっぱみじん。だそうです。
今から七時間後までに博士を阻止しなければ人類は滅亡してしまうのです。

ふっふっふ。死にたくなくば止めてみたまえ正義の味方諸君。某所にて待つ!(犯行声明文より抜粋)

――『正義の味方』。
多くの方はご存知ないかと思いますが、正義の味方は実在しています。
人知れず活動し、この世の正義を守っています。

それが私たち。

ジャスティスレンジャーなのです!


2.自己紹介


「レッド&ブルー!」
「イエロー!」
「はい、ピンクです!」
「パス」
びしっと決めるポージングを締めくくったのは息を吐くついでにこぼれ落ちたようなつぶやき。
ブルーはこめかみをひくつかせ、イエローはため息をつき、ピンクは額に指を置いた。
三人の視線の先ではブラックが、まるでパチンコの開店を待つような姿勢で立っている。
「ブラーック!何がパスだ!ちゃんと名乗れ!ポーズをとれ!今日くらいはびしっと決めろ!ずっと秘密裏に活動してきたオレたちの晴れ舞台だぞっ?これ以上ないというほど華々しく飾るんだ!」
「別に飾られなくていいしー。カメラはオレの耳元だから、やってもどうせ見えないしいいんでない?」
ブラックはにじり寄ってつばきを飛ばすブルーをちらりとも見ずにあくびした。
「はっ!おい、今のオレたちの決めポーズはしっかり撮ったんだろうなっ?」
必死に胸ぐらをつかんでくる様子に、
「たぶんね」
首を鳴らしながら答える。
(カメラはピンクのスーツの食い込み部分を映しています)
「そうか、それなら……いや、よくないぞ!おまえもジャスティスレンジャーの一員なんだからな!今度からはちゃんとポーズをとれよ!」
カメラが動き出してから今まで画面はひたすら桃色一色。
ブルーやイエローの姿などちらりとも映ってはいないのだが、先ほどの瞬間のために綿密な検討と鏡の前での練習を繰り返してきたブルーは頬を赤くして胸を張った。
「あ、あの、とりあえず自己紹介終わらせちゃいませんか?」
(カメラは躊躇いがちに間に入ってくるピンクの姿をとらえました)
「そうだな。ブラック、今度はちゃんとポーズをとれよ?もちろんカメラもしっかりな。よし、いっせーのーでっ!」

「五人そろってジャスティスレンジャー!」

びしっ ブルーがスーツの中で歯を光らせる。
びしっ イエローが風を切る。
びしっ ピンクが土を蹴る。

パチンコ屋はまだ開かないようだった。


3.開戦


「ふぅ、なんとかオープニングを撮り終えましたね。ナレーションはあんな感じでよかったですか?」
不安そうに尋ねるピンクの肩を叩いてブルーが頷く。
「少し地味だったような気もするがまぁいいだろう。それよりブラック!おまえはまたポーズをとらなかったな!声も出さずに……みんなの決めポーズが台無しだ!」
(カメラはピンクの腰のラインをなぞっています)
「聞いているのかっ?だいたいおまえはいつもいつもやる気がなくて……」
(カメラは胸の方へ移動しました)
「正義の味方たる意識に欠けてるんじゃないのかっ!」
(やっぱり下半身の方が好きなようです)
「ブラーック!」
「だーってオレ自分で正義の味方とか名乗る奴信用できないしー」
ブラックはスーツの上から耳をほじりながらようやく返事をした。
目と目を合わそうと顔を近づけてくるブルーをよけて無言のセクハラを続行する。
(カメラはピンクの下半身に固定されています)
「おまえは何のために入隊したんだーっ!」
「まぁ、きっかけは……退屈しのぎ?」
ブルーの血液が沸点を超えようとしたその時、ジャストタイミングで制止がかかった。
「そのくらいにしてください。時間がないんですから」
ピンクが指差した先にはおびただしい数の戦闘用ロボットたちが地平線の彼方までを埋め尽くしていた。
コードや部品が丸見えで、黒光りする金属の足が六本。ジーとかウィーンとかいう音を立てて蠢く様はなんともグロテスクでゴキブリの集団を彷彿とさせる。飛びはしないがよく跳ねる。知能もあるようで、相談するように固まってはそれぞれにこちらの様子を窺っている。
先ほどからさんざん待たされている彼らは殺気で空間に「いいかげんにしろよ」という文字が描けそうだった。
ブルーは戦闘体勢をとった。
ピンク、イエローも気を張りつめる。
ブラックは地面を足で適当に払ってあぐらをかいた。
だだっ広い荒野に砂嵐が吹きすさぶ。
地球の未来をかけての戦いが今始まろうとしていた。
(カメラはピンクの引き締まった尻を映しています)


4.フォーエバーブルー


激しい嵐が過ぎ去った後の一瞬の静けさを縫って双方が飛び出した。
「行くぞピンク!グリーン!ブラックはもう撮影に回れ!その代わりオレたちの勇姿をしっかりと映せよ!」
ブルーの声が戦場に響き渡る。
「グリーン違う!イエロー!」
グリーンと呼ばれたイエローの悲痛な訴えはすぐまた襲ってきた嵐によってかき消された。
ブラックにはブルーの声さえ届かず、ついでに耳元の小型カメラにも届いてはいない。正確には、聞こえているが聞く気がない。
ピンクは熱い視線を無視して一心不乱に敵をなぎ倒していた。
イトウノリユキ博士作の戦闘用ロボットは俊敏で攻撃力が高いかなりの強敵だが、防御が弱い。最も重要な動力部分がむき出しになっているため、攻撃をかわし反撃に移れるスピードさえあれば簡単に倒すことができる。
スピードには自信のあるピンクが効率の良い戦い方を計算できるようになるまでほとんど時間はかからなかった。
「はっ、やぁ!とぉっ!ごめんなさい、倒させてもらいます!」
数が多すぎて人工知能が追いつかないのか、全体の動きを把握しきれていない。互いを押しつぶしながら迫ってくるのでは脅威は半減だ。
全身を駆使して次から次へとガラクタに変えていく。
ふと、視界の端に、鮮やかな青がよぎった。
なんだか妙な動きをしている。
ピンクはブルーを一瞥し、思わず声を上げた。
「ブルー!何やってるんですか!レッドの遺影はひとまずブラックにでも預けないと……これだけの数を両手がふさがった状態で相手にするのは無茶です!」
ブルーは両腕にレッドの遺影を抱えたまま戦っていた。
「何を言う!オレたちは五人そろってジャスティスレンジャー!オレはレッドと共に戦っているんだ!オープニングだけ映して戦闘シーンでは映さないなんて仲間失格だ!そうだろうっ?」
遺影を抱えていても見栄えを損なわないポーズを追究し、これまでずっとレッドと共に画面に映ってきたつもりの彼だが、何一つ報われていないとはまったく気づいていない。
(カメラはピンクのナイスバディが戦場を華麗に駆け抜ける様を追い続けています)
ピンクがどれだけ諌めようとブルーはレッドの遺影をしっかりと抱きしめて離さなかった。
そして……

撃沈した。

「ブルー!」
慌てて駆け寄るピンクとイエローの叫びを聞きながらブルーは気が遠くなるのを感じていた。
かすむ視界に浮かぶレッドの幻は記憶に焼き付いているままの爽やかな笑顔。
「……そうだよね、オレなんかがレッドの代わりになれるわけがないよね……ごめん。調子こいてた。正義の味方なんかやっててもしょせんオレはオレだよね……」
目頭に熱が灯る。
戦いはこれからだというのに動かない体。
情けなくて情けなくてたまらなかった。
涙で頬に張り付いたスーツが気持ち悪くて、正義の味方にふさわしくないと言われているようだった。
イエローは首を横に振り、レッドの遺影を抱くブルーの腕に手を添えた。
「ブルー、ブルーはよくやったよ。ブルーがこんなに頼もしかったなんて知らなかった。レッドもきっと喜んでいる……」
ブルーは苦笑混じりに微笑む。
「ありがとうグリーン……。気休めでも嬉しいよ……」
「……グリーンじゃなくて、イエロー……」
ブルーはイエローの指摘を聞く間もなく意識を失った。
ピンクの呼んだ救急車によってあっという間に運ばれていく。
「二日酔いで倒れたレッドに続きブルーまでもが……」
ピンクはハンカチで目元を拭った。
戦場には使命感に燃えるピンクとどうにかして黄色いコスチュームをアピールしようと画策するイエロー、やる気のかけらも見せず未だに敵を一匹も倒していないブラック、そして再び待ったをかけられてストレスのたまる戦闘用ロボットたちが残された。


5.チャンネルはそのままで


「待たせたね。レッドとブルーの分までこのイエローが!イエローが!イエローが相手をする!」
ブルーと共に鏡の前で何度も練習したポーズをびしっと決め、いざ戦わんと敵中に突っ込んでいく。
ピンクはとっくに戦闘を始めており、カメラ、もといブラックも飽きもせずその姿だけを追っているのだが、気づいていないイエローはあからさまに不自然な動きで踊りながら敵を倒していく。
見栄えを重視して見事に失敗している彼が倒した敵の数は非常に微々たるものだった。
人類滅亡まであと三時間。
イトウノリユキ博士によって乗っ取られた放送枠を見ていた茶の間の視聴者も、あらゆる意味で桃色な映像を見続けていいかげん呆れ果て、「くだらない冗談かましやがって」ととっくにテレビの電源を落としてしまっただろうが、マジである。マジなのである。
地球の未来はこの戦いにかかっているのである。
例え正義の味方の中でそのことを覚えているのがピンクただ一人であろうとも。
しかしそのピンクも倒しても倒してもきりがない数の敵を相手に疲れを隠しきれなくなっていた。
足が上がらない。拳に力が入らない。
どんどん鈍くなる自分の動きに比べ、次第に速さを、鋭さを増していく敵。
考えるまでもない。
このままでは敗北する。
敵に埋もれながら白鳥の湖を踊っているイエローを見て覚悟は決まった。
ピンクは大きく息を吸い込んだ。
「ブラック!あなたはまだ戦わない気なんですか!このままだと地球が、人類が滅びてしまうんですよっ?」
答は返らない。
やはり無理だったのだろうかと内心でため息をつく。
ジャスティスレンジャー結成から二年半。
ゴミ拾い、交通整理、ペット探し、チラシ配り、痴漢退治、ヒーローショーの出演など、様々な活動をこなし多くの苦難に出会ってきたが、ブラックだけはまだ一度も戦ったことがない。いつもやる気なさげに見ているだけなのである。実は今回カメラを任せたのもどうせ戦わないだろうからブラックに持たせておくのが一番安全だろうと考えてのことなのだが、ピンクは気づいていた。
「セクハラには精を出すくせに正義を守るためには戦えないんですかーっ!」
(カメラは振り向きざまに大きく揺れた胸を見逃していません)
どこまでもついてくるしつこい視線。
これまでの経験からいって反応したが負けと無視を決め込んできた。
しかし世界の平和よりもセクハラに重きを置く様子にはさすがに怒り心頭である。
「あのさー、宿題しようと思ったときに母親に『勉強しなさい』とか言われてやる気なくしたことってないー?」
で、ようやく返ってきた返事がこれ。
ピンクは怒りに任せてキックを繰り出しながら怒鳴った。
「宿題と地球の平和を一緒にしないでください!」
「一緒なんだけどねーオレにとってはー」
「そもそもやる気出そうとしたことあるんですかーっ!」
「二年半前からある意味常時やる気満々なんだけどねー」
「嘘つかないでください!」
(カメラは隙をつかれてふらついたピンクをとらえました)
ブラックは軽く尻をはたきながらやおら立ち上がった。
大あくびしてコキコキと首を鳴らす。
「そそる声で『お願いだから助けて』って言ってくれたらやる気出るかも?」
(カメラはどうやらサドっ気があるようです)
ピンクは決心した。
どうなろうが絶対にブラックの手だけは借りまい。
完全無視。二度と言葉を交わしたりしない。
一人でも世界を救ってみせる!と。
イエローはその色だけでなく存在さえも忘れ去られていた。


6.ラスボス登場


そしてここにも一人、自分は覚えてもらっているのだろうかと不安になってきた男がいるのだった。
「……遅い」
時計を片手にうろうろうろうろ、あまりの手持ちぶさたにカップラーメンなど作り始めて六個目に突入してしまった科学者、イトウノリユキ博士である。
「遅すぎる!何をしているのだ奴らは!どうして私に会いにこんのだ!」
テレビにはピンクのレンジャースーツを着込んだ女性の勇姿が何時間も映り続けており、周囲の状況はさっぱり読み取れない。
ドタキャンされたわけではないようだが、ならば何故ラスボスたる自分がこんなにも暇しているのか。ザコ敵など配置するのではなかった。しかし配下のいないラスボスなどあっていいのか!
そんな葛藤にどっぷり浸かって三分×六個+α。
「ええい、このままでは時間が過ぎてしまうではないか!冗談ではない、冗談ではないぞ!誰一人見ていないところで最終兵器をポチットナーするなど、わびしすぎる!耐えられん!」
イトウノリユキ博士はコックピットに乗り込みキコキコとペダルを漕ぎ出した。
『ポチフラワーくん三号』の巨体が少しずつ前へ進む。
五メートル前進。
停止。
「ぜーはー、ぜーはー、むむむ、よくも私にこんな苦労を……見ておれジャスティスレンジャー!天才イトウノリユキの底力を思い知るがいい!」

キコキコキコ……

三メートル前進。
停止。
「ぜーはーぜーはーぜーはーはー。ふ、ふふふふふ。しっつあわ〜せは〜、あっるいってこっない、だ〜からあるいていくんだね〜っと。」

キコキコ……

一分一歩、三分で三歩、三歩進んで二分休むの旅が始まった。


7.悲しみの平和主義者


二時間後。
人類滅亡まであと一時間。
イトウノリユキ博士はようやく戦場にたどり着いた。
鉄屑と化した戦闘用ロボットたちが山と積み上げられ、荒れた大地をますます荒廃したものにしている。
ピンクとイエローはその山に埋もれるようにして倒れ込んでいた。
ブラックは地面に横向きに寝転がり、テレビの前のオヤジのように尻を掻いている。
「ふっ、ふっふ、……来て、やったぞ。……ジャスティス……レンジャー。私が、天才、科学者……イトウ、ノリユキ……その人!いざ決戦!」
息も絶え絶えの口上をまともに聞くことができるのはブラックくらいだったが、当然ながら聞いてなどいない。
荒れた沈黙が吹き抜ける。
「ええい起きろ!起きるのだ!若者の風上にも置けん奴らめ!これからが本番!茶の間騒然、世紀の一大決戦を今ここに起こすのだ!立ち上がれ正義の味方っ!」
ピンクとイエローはのろのろと立ち上がった。
足元はふらつき、頭はうなだれ、首を起こすのもおっくうで、とても戦えるような状態ではない。
しかしここで倒れては地球に未来はない。
ピンクは息を吐いて顔を上げた。
これからが一番の見せ場である。
イエローは膝を押して跳ねるように上半身を起こした。
(カメラは不覚にもただの地面を映してしまいました)
ブラックはのびをして座り直した。
「……イトウノリユキ博士、決戦の前に教えてください。あなたは、どうしてこんなことを!」
ピンクの激しい問いかけに、博士はわずかに逡巡した。
「……のだ」
小さな声でつぶやいてから咳払いして言い直す。
「逃れられぬ運命なのだ」
鼻の頭を押さえて拳を握った。
「私は平和主義者イトウノリユキ!平和を愛し、平和のために尽力する男!しかし神は私という天才を見逃してはくださらなかった……」
倒された戦闘用ロボットたちのなれの果てを見やり、ため息をこぼす。
「あらゆるものを作った……。マッサージ器を作ればドリルができ、車椅子を作れば拷問椅子になり、水鉄砲はレーザーを飛ばし、ドライヤーは火を吐き、時計は時間になると爆発した!……ペット用ロボットを作ったはずが何故だかああなった……」
ピンクは後ろを振り返った。
つぶれたゴキブリ。ひしゃげたゴキブリ。ゴキブリ。ゴキブリ。ゴキブリ。
どこをどう大目に見てもペットになどしたくない。
「この『ポチフラワーくん三号』もその名の通り世界中に花を咲かせるためのマシンだったのだ……いつか世界が薔薇色に染まる日を夢見ていたというのに!試しに一輪咲かせてみようとしたらばここら一帯がこうなった……」
博士は首を巡らせた。
どこまでも続く荒れ地は、元は緑豊かな山であった。
「どうしてなのだーーーーーーーーーーーっ!」
響き渡る絶叫を聞きながらピンクは必死に頭を回転させたが、
「それは……お気の毒様です」
他に思い浮かぶ言葉はなかった。
鼻水をすする音が大きく響く。
「で、でも!これから頑張りましょう?やけにならないでください!平和を愛していらっしゃるのなら!地球を消滅させたりなんかしちゃ、いけません!」
今度こその必死のフォローに、音が止まる。
「それは違う!私はやけになっているのではない!至って正気!私は平和主義者である前に科学者!人間である前に科学者なのだ!イトウノリユキイズサイエンティスト!できちゃったのだ!使わんでどうする!」
ピンクとイエローは心の中で仲良くツッコミを入れた。

イトウノリユキイズサイエンティスト。

マッドが抜けている……。


8.リメンバー黄色


「枯れ木に花を、咲かせましょー!」
イトウノリユキ博士の高笑いと共に怪しげな怪光線が飛んでくる。
本来は水やりのためのスイッチらしいのだが、何故に紫の光線が飛んでくるのか。
考える暇もなくピンクとイエローはひたすら避け続けていた。
ポチフラワーくんののんきな犬顔の鼻穴から出ているとは思えないほどの威力は、どろどろに溶けた元戦闘用ロボットたちの姿によって証明済みである。
当たれば救急車送りではすむまい。
イエローは自分がまだこの場に残っていることに激しい後悔を感じていた。
ブルーと同時に戦線離脱しておくのだった……。
そんな考えがよぎる。
しかし。
あれは二年半前のこと。
電柱に貼ってあった『正義の味方募集』のポスターを握りしめて訪れた喫茶店。
頬を紅潮させ胸を高鳴らせる自分にポスターを貼った本人である男はこう言った。
「ウェルカーム!来てくれてサンキュー。これで五人集まったな!オレはレッド。おまえはグリーンかイエロー、どっちがいい?」
そりゃあ戦隊のリーダーたるレッドをやれると思っていたわけではない。
が、いきなり選択肢は二つなのか!
しかも実質には一つである。もう一つの選択肢は「どっちでもいいから」という理由で挙げられたものにすぎない……。
迷った。迷いに迷った。うんうんとうなって考えた。
そのうち周囲から「もうグリーンでいいんじゃないか?」という声が上がった。
グリーン……緑。色的には派手といえば派手かもしれないが地味といえば地味である。
イエロー……黄色。緑よりは……派手かもしれない。
どうせ地味なポジションならば色だけでも目立ちたい!
(全国のイエロー&グリーンのみなさんごめんなさい)
「よし、じゃあグリーンでいいか?」
「イエローーーーーーーーーーーーーー!」
ジャスティスイエロー誕生の瞬間だった。
コスチュームは燦然と輝く太陽を思わせる黄色。
なのに。
誰もがイエローをグリーンと認識し、そう呼ぶのである。
そんなに地味かっ?どっちでもいいのか!貴様ら目ェ見えてるかっ?
心の中で叫び続けて二年と半分。
いかに目立つかを考え続けた月日でもある。
イエローは思った。
相手は最終破壊兵器『ポチフラワーくん三号』。
散り様を飾るに不足なし!
彼の脳細胞は遠い昔にジャスティスの部分を忘れ去っていた。

一方イトウノリユキ博士は笑い疲れて黙り込んでしまっていた。
科学者のロマンであるポチットナーは何度やっても楽しい……のだが、押した瞬間は楽しくても持続しない。
思い当たる原因は一つある。
「弱い……弱すぎる!私が強すぎるのはもちろんだが、それを差し引いても弱すぎる!」
正義の味方は色付きならば五人以上いるのが常のはず。なのに何故か二人しかいないし、避けてばかりで一向に攻撃らしき攻撃を仕掛けてこない。
面白くない。
博士は攻撃を止めた。
「……滅びゆく世界、史上最強の兵器、刻一刻と迫る最後の時!これだけそろっているのだ、正義の味方は必須!なのにどうしてその不可欠要素がこんなにも弱いのだ!」
ピンクとイエローは荒い息を捌くのに精一杯で言葉も出ない。
まともに話を聞く余裕もない。
しかし、
「おい、そこの黄色いの!必殺技なんぞは持っとらんのか!」
その言葉は、イエローの脳内を余すところなく駆け巡った。
そこの黄色いの……黄色いの……黄色いの……
全身の細胞が「はい、黄色です!」と叫んでいる。
イエローはスキップしながらポチフラワーくんに引き寄せられていった。
そしてその異様な光景に怯んだ博士は思わずペダルを踏んでしまったのである。

衝突。

イエローは倒れた。
「ねぇ、今の、おいしかった?」
それが彼の最後の言葉だった。
イエローは救急車に運ばれていった。


9.対峙


イトウノリユキ博士は非常に困っていた。
残ったのはピンクのレンジャースーツに身を包んだレディただ一人である。
ちなみに先ほどからずっと除外され続けているブラックはそのあまりのやる気なさゆえに黒子として認識されていた。
「あー、お嬢さん、他に仲間は?」
ピンクは拳を構えて攻撃に備えている。
イトウノリユキ博士は本当に困り果てていた。
正直疲れ果てた様子の女性一人を相手にするというのは弱いものいじめをするようで気分がよろしくない。
しかしもはや彼女の他には正義の味方が存在しないのである。
もっと手加減するべきだったのだろうか。手加減などするラスボスがいてもいいものか?
カップラーメンを作りたくなる衝動を必死に抑え込む。
見逃すべきか。だがポチフラワーくんにはもっとすごい機能が……それを見せずになんとする。
マッドな科学者の血が燃え上がる。
「だが……っ、ああしかし……っ」
葛藤するイトウノリユキ博士の前でピンクもまた葛藤していた。
まだ立てている。拳を構えることもできる。
だがその拳を振るえるかといえば、答は否である。
力が入らない。
ポスターを見て集まった自分たちには、テレビで特撮ヒーローがやるような必殺技など使えない。
それでもこの地球を、守りたいのに。
膝はがくがくと震えて今にも折れそうだった。
警察が馬鹿馬鹿しいといって笑い飛ばした犯行声明文をこれこそ自分たちの出番だと取り上げたのはレッド。
ブラックを除いた全員が大いに沸いた。
正義を守るために戦おうと拳をぶつけ合った。
今ここに立っているのは……二人。
自分とブラックだけ。
そしてこの体は今にも崩れ落ちようとしている。
意地と地球など、比べるものではないだろう。
けれど。
ピンクはちらりと背後を見た。
すぐに視線が合う。
「『お願いだから助けて』って、言ってくれる気になった?」
ブラックはあぐらをかいた膝に頬杖をついていた。
こんな人に何ができるのだろうと思う。
まだ一度も戦ったところを見たことがないが、戦えないから戦わないのではないのか。
しかし、自分にできることがそれだけならば、やらないわけにいかないだろう。
ピンクは奥歯を噛みしめた。
「地球を救いたいんです……。人々を、守りたいです。……お願い、助けて」

「やだ」


10.ブラック炸裂


声が響いた。
心臓に。脳内に。
ピンクはその二文字を何度も反芻した。
確かめて確かめて確かめても、聞き間違いではない事実に唖然とする。
「ふざけないでください!どうしてこんなときにまでそんな……真剣になってくれないんですか!」
上る血を吐き出すように怒鳴れば、
「……真剣?わかった、真剣になろう」
普段よりも幾分低い声が返ってきた。
息を呑む。
その重い響きは底知れぬ力を感じさせた。
ブラックはゆっくりとピンクに近づき、華奢な肩に手をかけた。

「ピンク、好きだ。結婚してほしい」

頭痛到来。
「……冗談はやめてください」
「オレは真剣だ」
ピンクはブラックを射抜くようににらみつけた。
「オレは真剣だ」
いまだかって見たことのない様子に思わず怯む。
「本当に本当に本当ーの本当に本気なんですか?」
「オレは本気だ」
「え、えと、突然そんなことを言われても……だいたいどうしていきなり結婚なんですか!」
ブラックは小首を傾げた。
「いちいちつきあうのって面倒だからかなぁ?オレはもうピンクって決めたから。だからオレと結婚してほしい」
いいかげんなのか本気なのかわからない言葉に、真剣な口調。
怒るべきなのか受け止めるべきなのか、ピンクはどうすればいいかわからなくなってしまった。
「そんなのって、そんなのって……何か違うと思います!男女のおつきあいというものはもっと誠実で、えっとですね……」
自分でも何を言っているのかわからない。
「オレが誠実じゃないって?」
「……当たり、前……です。そんなふざけた理由でっ!……どうしていきなり結婚だなんてっ。……そもそもどうして私のことが好きなんですか!どこがいいんですか……?か、体とか、言うんじゃないでしょうね!」
セクハラな視線を思い返し、自分で自分の体を抱きしめる。
ブラックはますます首を傾げた。
「さぁ?体見てたのはせっかくカメラに収められるんだからーと思ってだったんだけど、どこがいいとか言われてもねー」
「さぁって!本当に真剣なんですかっ?」
どうもからかわれている気がするピンクはいつものように無視を決め込もうと思うのだが、聞き慣れない真剣な声にかき乱されてどうしても平静を保つことができない。
何故だか頬が熱を持つのを止められない。
ブラックは長いため息をついた。
「あのさー、理由って絶対ないとダメなわけ?オレはオレの意識を全部説明できないといけないのかな?真剣になれ真剣になれって、この件に関しては十分真剣なつもりだし。実は!オレにはトラウマがあってそのせいで真剣になりたくてもなれないんだ!とか言ってみせでもしないと君の気持ちは納得しないの?」
憂鬱そうに首を振り、まっすぐにピンクを見つめる。
「なんでか知らないけど君のことが好きだ。これがオレの真剣」
ピンクの頬はピンクを通り越して真っ赤になっていた。
動悸が激しい。
まさか、そんな、と思いつつ、止まらない。
「で、でも!」
「世界だってふざけた科学者のふざけた理由で滅ぼうとしてるんだしー、これで許してくれない?」
はっと、我に返った。
「そうです!地球を助けないと!どうして『やだ』とか言うんですか!たくさんの人が死んじゃうんですよっ?」
「『お願いだから助けて』って言ってくれないから」
「言いました!」
「『私を助けて』って言ってくれないから」
「……え?」
「ピンクのためにならいくらでも真剣になれるのに、地球のためとか人々のためとか言うから」
ブラックは拗ねたようにうつむいた。
「つまらない」


11.正義の味方


つまるつまらないの問題ではない。
どうにかしなければ地球は消滅し、人類は滅亡するのだ。
多分に責めを含んだピンクの眼差しにブラックは嘆息した。
「ブルーは情けない自分を変えるため、イエローは影の薄い自分を変えるため、レッドはただの戦隊ヒーローファン。そしてオレはピンクのために。言ったよねー、自分で正義の味方って名乗る奴は信用できないって。だいたい正義ってなーに?わざわざ人々の味方といわずに正義の味方と名乗るからには人々の安息イコール正義って安直なものじゃないだろう?ていうかその『人々』は一体何してるのかなー?ピンクの戦いをテレビで見てるだけ?『正義の味方』に全部任せて?人々のために戦う気になんてなれないね。世界なんて滅びるなら滅びりゃいいし滅びないならそれでもいい。なるようになればいいよ。でも、ピンクを守るためになら戦ってもいい」
ピンクの顎を持ち上げて視線を合わせる。
「『私を助けて』って言ってみてよ」
いつも人々のために、地球のために、平和のために、正義のためにと並べ立てる口に、そう言わせてみたい。
「ご立派な理由より、オレはそっちがいい」
指先に乗る顎が震える。
ピンクは唾を呑み込み、はっきりと告げた。

「地球を、……人々を、助けてください」

拳を握る。
ブラックの言うことも、わからないわけではない。
ブルーやイエローのことも、薄々気づいてはいたのだけれど。
「いけませんか?立派とか立派じゃないとか……知りません。でもこれが私の望み」
『正義の味方募集』の下に集い、正義のためにと拳を合わせた。
そのすべてが嘘だと誰に言えるのだろう。
この願いが嘘だと誰に言える?
立派だとか立派でないとか、信用できるとか信用できないとか、誠実だとか誠実でないとか、真剣だとか真剣でないとか。
すべては嘘か本当かの問題。
本当だと胸を張って言えるほどには自分に自信がないけれど、嘘だとも言わせない。
すべては今ここにある気持ちの真実。
「あなたにとってはくだらない理由ですか?くだらないのは、ダメですか」
ブラックは小さく吹き出してけらけらと笑い出した。
「くっだらない……けど、それでもいいよ。それがピンクなら、それがいい。それを守ることがピンクを守ることになるのなら、そのために本気を出せる」
そう言って耳元の小型マイクを取り外し、放り投げて踏みつけた。


12.エンディング


二人の世界から遮断され完全に存在を忘れ去られて呆けていたイトウノリユキ博士は、声にならない悲鳴を上げた。
せっかく持たせたのに。
せっかく電波ジャックしたのに。
せっかく天才イトウノリユキの存在を世界に知らしめようとしていたのに。
正義の味方に立ちはだかる強大な力をアピールするつもりだったのに。
哀れカメラは壊され土に埋もれてしまった。
目の前に残る二人は
「……もしかして、それが本気ですか?……あの、私のこと本当に、好き……なんですか?」
だの、
「一番効果的だと思うんだけどねー。オレの本気が信じられないっていうのなら信じさせてもいいよ?手っ取り早いのは十八禁になるけど、どうする?」
だの言って早くも痴話喧嘩を始めようとしている。
天才科学者イトウノリユキ、ラスボスにあるまじき扱いを受ける。
博士は震える人差し指を高く掲げた。
ポチットナー三秒前。

三、二、一……

「ギャラリーもいないのに使えるかーーーーーっ!」

ポチッ。

『ポチフラワーくん三号』自爆装置作動。


こうしてふざけた人間のふざけた理由によって危機に陥った世界は、ふざけた連中のふざけたやりとりによって救われたのだった。
ちゃんちゃん。
END.
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