『世紀末恋愛事情番外』

 あのころのおれにとって恋愛はただの暇つぶしでした。

      1997年、夏。
          中学生、沖 隆史
               おおいに青春する。

 「よかったらつきあってくんない?」
夏休み前のやたら暑い日だった。
おれはとうとう狙いをつけていた女に告白した。
彼女の名は、草壁 璃緒。かなり変わった女である。
性格が妙なら口調も妙。でも顔とスタイルは抜群だ。
人生快楽主義者のおれにとってこれほど興味深い女はいなかった。
草壁は何も言わず思案顔でうつむいたが、返事はわかっている。
はっきり言っておれはかなりもてる。
手当たりしだいの女を口説いてはあっさり捨て、「顔はよくても性格最悪ぅー。」とかしょっちゅう言われているが、現在までの告白回数63回。
まだ一度もふられたことはない。
草壁だって内心喜んでいるに違いないのだ。
 が。
「すまんが私は男は嫌いだ。」
意外な一言だった。まさかこんなところで連勝記録がストップするとは。
ショックはでかかった。
しかし、おれはあくまで人生快楽主義者なのでショックより好奇心の方が勝ってしまった。
「なんで?」
「さあ。いや、男が嫌いと言うよりも色恋沙汰が苦手なのか。」
「なんで?」
「ばかばかしいとまでは言わないが信じられないだろう?」
草壁は微かにほほえんで言った。
痛い一言だった。
実際おれは草壁に興味があるだけで、ただの暇つぶしの相手として選んだだけだったからだ。
今までの相手とも恋なんかしたことがない。
「君だけを愛してる。」とか、「この気持ちは変わらない。」とか、クサいしださいしばかばかしい。
恋愛感情自体、嘘っぽいのだ。
「ただ、つまらないな。信じられないということは。」
草壁が言う。
その顔がなんだかとても寂しそうに見えた。
おれはしばらく草壁の横顔を見つめていた。
自分でも考えてしまうことが多くて言葉がでなかった。
「というわけだ。他をあたってほしい。」
草壁はくるりと背中を向けて歩き出した。
「ちょっと待った!」
 で。
何度も言うがおれは本当に根っからの人生快楽主義者なので、いつのまにかこんなことを口走っていたのだ。
「要するに本気の恋愛になればいいんだろ。おれがどんな手を使ってでも草壁をおれに惚れさせれば問題解決!」
死ぬほどかっこ悪いセリフ。
言ってからしまったと思ったが、草壁は笑いもあきれもしなかった。
「沖、おまえ実に興味深いな。」
感心するようにそう言ってすたすたと去っていってしまった。
自己嫌悪。おれとしたことがかっこ悪ぃー……。
まあでも面白くなりそうだからいいか。ああ、人生快楽主義者………。

 次の日は雨だった。
早速おれは草壁の心をゲットすべく定番のプレゼント攻撃を開始した。
今まで貢がせたことはあっても貢いだことはない。
このおれがここまでやればちょっとはじんとくるだろう。
 が。
甘かった。相手はただの女じゃない。草壁にこんな手が通用するわけもなく、あっさり返品された。

 ここまでされたら本気になるしかない。
 絶対に草壁を落とす! おれのプライドにかけて!

 雨上がりの空には薄い虹が浮かんでいた。
おれは草壁の後ろを歩き、草壁は、一度も後ろをふり返らなかった。
ぱしゃぱしゃと音をたてる水の道がいつまでも続くみたいに感じた。
ふいに、草壁が言った。
「恋愛は楽しいか?」
おれは答に迷った。
「草壁といるのは楽しい。」
とっさにごまかしたが、これは真実だった。
「友情と恋と愛の違いは何だ?」
再び草壁が聞いた。
草壁の言うことはどれも難しい。
普段あまり考えないような言われてみるとわからないようなことを聞いてくる。
しかも答が返って来にくいことを承知で聞いているので無性に悔しい。
おれは反撃にでることにした。
「草壁はどう思うんだ?」
秘技聞き返しの術。
草壁はまったく動じない。
「理解できていたら聞きはしない。だが、恋は激情だと思うな。」
「どういう意味だ?」
「一瞬で始まってすぐに終わる。」
おれはハッとした。
草壁の恋愛に関する重い鋭さはおれの心を直接ゆるがす。
自分のいる現実が思っているよりも作り物のような気がして。
おれが自分の世界に入ろうとしたとき、草壁がふり返っておれの顔を正面から見据えた。
「私はおまえが好きだ。」
心臓が飛び出すかと思った。
「友人として、な。この感情が恋に変わるには何が必要だ?」
………期待させやがってっ
「そんなん知るかっ!だいたい友達ってのは一番きつい………」

 とぼけたような会話の途中で、ふと気がついた。
 自分が、すでに、こんなに、
 草壁を好きになっているということ。

おれは重いのは苦手だ。
真剣になることほど嫌なことはない。
真剣になるというのは、バカになるってことだ。
………これはただの強がりだ。本当はちゃんとわかっている。
こわいんだ。
何か違うっていうのもよくわかっている。
ただ、草壁と二人の時に、草壁の目の前で気づきたくはなかった。
飛び出しかけた心臓がつぶされる。
気がついたら走っていた。
草壁をおいて。


今度はちゃんと告白する。
おれはそう思っていた。
今度は真剣に草壁に言う。

 「草壁!本気で好きだっ!」

早朝の草壁宅前。
おれは力いっぱい大声を張り上げた。
声の大きさだけ想いが伝わるわけでもないのに。
草壁は見てわかるほど驚いていた。
返事はたぶん「ノー。」
そして予想通り
「すまない。」
やはり一言だった。
だが最初と違って草壁はひどくつらそうな顔をしていた。
「おまえ、おれが本気でなかったの知ってた?」
「ああ。」
やっぱり。
おれはため息をついた。
「でも今は本気だから。ばかばかしく聞こえるだろうけど。」
おれは言い終わったあと顔が真っ赤になるのが自分でわかった。
こんなセリフを真剣に言うのはたとえキレてても恥ずかしい。
草壁は言った。
「本気だとわかる。だからすまない。」
「いーよ。あきらめてないし。それに、本気だってわかったんなら信じることもできただろ。」
おれは笑った。
これは強がりじゃない。心の底から笑うことができた。
「草壁、例えばこれが一時の激情であっという間にさめても……


……きっとかけらくらいは残るだろ。そしたらおれはことあるごとにおまえを思いだしてそのたびにこういう気持ちになるんだ。たぶんな。』かーっ、我ながらよく言ったよなこんなセリフ。」

学校帰りに彼女と喫茶店。
彼女はもちろん草壁ではない。
あれから結局両思いになることはなく、高校は別々になってしまった。
「ふーん。でも今はあたし一筋よねー?」
「さあね♪」
おれはコーヒーを飲み干して席を立った。
今日は予定がある。
初めてできたという草壁の相手を見に行くのだ。
もちろん彼女には内緒で。

   1999年、夏。
       高校生、沖 隆史
         まだまだおおいに青春する。


 今のおれは、あのころよりは大人です。
END.
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