『天国まで何マイル?』

 どうやら僕は死んだらしい。

下の方に動かなくなった僕の体が見える。
死んだらどうなるんだろうって考えたことあるけど、意外と定説通りなんだなぁ。
僕はのんきにあくびをしながら地上の騒ぎを見ていた。
これからどうすればいいんだろう。死んだことがないからわからない。見た感じ周りに幽霊仲間もいないようだし……僕はとりあえず家に帰ることにした。こういう場合幽霊のとるべき行動パターンとしてはこれが一番無難だろう。

 家に帰り着いた僕は……玄関の前で待ちかまえていた死神に捕まった。
「あのー、死神って生きてる人間にしか用はないんじゃないんですか?僕もう死んでるみたいなんであなたのお世話になることはないと思うんですけど。」
死神って暇なのかなぁ?と思っていると突然殴られた。
「バッカやろー!暇じゃねーんだよ!てめーのような迷子を案内するのもオレの役目なんだ!わかったらさっさと未練を言えよ!」
どうやら死神は心を読めるらしい。うーん超能力。あ、死神世界では珍しくもないのかな。しかし未練って言われてもなぁ……。

「ないんですけど。」

正直に言うとまた殴られた。
「嘘こいてんじゃねーよ!未練のない奴は迷ったりしねーんだよ!」
死神って『神』って言うからには偉い人なんだろうに随分短気だなぁ。やっぱ中間管理職ってつらいのかな?
「そうなんだよ板挟みがつらくて……って、余計なこと考えてんじゃねー!さっさと終わらせねーと残業になっちまうだろ!」
この死神の前ではあまり考え事をしない方がよさそうだな。
「あのー、僕迷子なんですか?」
とりあえず聞いてみた。
「ああそーだ。未練のない魂はすぐに天国か地獄に行く。未練のある連中はそれが果たされるまでこの世をさまよう。てめーは後者。さあ早く未練を言え。一つくらいは思い当たるだろ。」
「うーーーん。」
僕は考えた。首を傾げ頭をひねって考えた。未練。未練ねぇ、自分ではあまり物事に執着のない方だと思うんだけどなぁ。あ。
「そうだ。生きてる間に一度くらい『ああ、生きてるなぁ〜!』って実感してみたかったかもなぁ。」

「あほかぁぁぁぁーーーーーっ!」

死神のバカでかい声が僕の頭に直接響いた。予想はしてたけどね。
「んなもん霊体でどうしろっつーんだこのボケ!ああもうなんでこんな面倒なのに当たっちまったのかなオレ。」
お仕事ご苦労様です。
「るっせぇ!思考で話しかけんな!ていうかてめーが言うな!ほらとりあえずその辺ぶらつくぞ!」
僕は乱暴な死神と家族の様子を見て回った。


 家族は葬式の準備で大忙しだった。
ごめんね母さん、今月苦しいって言ってたのに。
「っかー、そこを謝んのかそこを。もっと他に言うことないのか!」
「え?でも僕の家けっこう貧乏だし十何年間の養育費も無駄になってしまったわけだし。」
死神は頭をぼりぼり掻いて呆れ顔だ。そんなに変なことを言ったつもりはないんだけどな。
死神はますます頭を掻いた。
 3つ下の弟は学校から帰ってくるとすぐに部屋に閉じこもった。なんか家の空気が嫌なんだろうなぁ。いつもなら外に遊びに行くのに、親に気ィつかってるのかな?
父親は親戚に電話をかけまくっていた。僕の葬式なんてごく内輪でいいんだけど……周りのことを考えるとそうもいかないみたいだ。
でもこうなるとあまり葬式って感じしないなぁ。
慌ただしい家の中に母親の姿はなかった。
たぶん買い物に行ってるんだろう。何が起ころうとお腹はすくし。

「あー、オレなんでおまえが迷子になったかわかった気がするわ。」

「へー、僕にもよくわかんないのにすごいねー。」
別に変なこと言ってないのにまた殴られた。
「おまえはとにかく執着がなさすぎる!ぬるい!ぬるいんだよてめぇ。」
「うん。あ、やっぱり?それがダメなのかー、困ったなぁ。」
いて。なんかオレが口を開くたびに殴られてるみたいだ。相性悪いのかな。
「いやー、僕もうすうす気付いてはいたんだけどね。生きていたとき周りの物が全部映画のフィルムみたいに見えるときがあったんだ。ジィーってどこかで映写機が回ってて、楽しそうな笑顔が映るスクリーンに僕は一人影絵を作る。僕だけが偽物だということがばれないようにこっそりとね。」
あ。今度は殴られなかった。おーー、進歩進歩。
と、思ったら殴られた。うーん、なんでなんだろう?
「僕は間違えたつもりはないんだ。だって気がついたらこうだったんだから。あ。うわー、僕ってよく考えたら筋金入りの迷子だったんだなぁ。」
なんだか自分で自分がおかしくなってしまった。
「つくづくボケだなてめーは。で、それが未練だとするとどーすりゃいいんだ?」
「えー、さあ?そんなことわかってたら迷子になってないよ。死神さんはどう思う?」
死神はわざとらしく大きいため息をしてジト目でにらんできた。
「あーあーやだねぇ。最近の若者は自分で悩むことをしない。オレに聞くなっつーの。自分で考えろっつーの。」
……ようするにわかんないんだな。
「ああ?ふざけんなよてめぇ!オレ様にわかんねーことなんかあるかっ!おまえのような奴は他人から言われたって表面で納得しちまって本当にはわかりっこねーって言ってんだよ!」
言ってることはいいんだけど言いながら殴るのやめてくれないかなぁ。
「愛のムチだ。」
……根はひょうきん者と見た。
「いたっ、いたたたたたっ。だから殴るのやめてくれよ。考えてみるからさ。」
ん〜〜〜、ん〜〜〜、やっぱわかんないなぁ。僕はどうすりゃいいんだろ。なんかこうやっていろんなこと考えてると死んでも生きてるときとそう変わらない気がするなぁ。
「えーっと、僕は生きているという実感が持てなかった。それは僕の性格のせい。僕がこうなったのは……」
ん〜〜〜、ん〜〜〜、誰のせいにしても言い訳のような気がするなぁ。やっぱりわからないや。どこをどうすれば道が見つかるんだろう。この迷路に出口なんてない気がするのに。
僕は眉毛を一回転、伸身ひねり、ムーンサルトと体操させながらうんうんうなっていた。

「あ。てめーの母親帰って来たみてーだな。」

死神の言葉に振り向くと両手いっぱいにスーパーの買い物袋を抱えた母さんの姿が見えた。
「おい、てめーの成仏オレが手伝ってやるよ。今からオレがいじる運命からあのおばさんを守ってやりな。」
「は?え?え?」
死神が手をかざすと母さんが曲がろうとしていた角から突然大型トラックが飛び出してきた。ドライバーは船を漕ぎながらアクセルを踏んだ。
どうする、と考えるまもなく飛び出していた。
「頑張れよーー。」
のんきな死神の声が遠くに聞こえた。


 「おめでとさーん。てめーの母親助かったぞ。」
薄れゆく意識の中僕は口の端で笑った。
「そっかー。でも僕は死んじゃうみたいだ。あははー。」
「バーカ。てめーはもう死んでる。そりゃ未練がなくなったってこった。」
「なくなった?なんで?」
「んなもん知るか。ま、しいて言や母親のために飛び出したてめーのツラはなかなかしまってたぞ。」
「そっか……。」
僕は死神の言葉の意味を考えようともせずに目を閉じた。頭で考えるより、感じていたかった。
僕は今度こそ本当に死ぬ。今まで出会ったみんな、見えないところで関わっていた人達、みんな、みんなごめんなさい。ありがとう。
「おう、それとてめー自身の強運にも礼言っとけや。本来なら考えても考えても解けなかったかもしれない問題を運命が一気に解決してくれたんだからな。」
うん。僕は本当に運がいい。今まで生きてる実感を味わえた事なんてなかったけどそれでも僕は幸せだった。心から恵まれていたと思える。最後のわがままも叶えてもらえた。
生まれ変わって、もし忘れてしまっても、何があっても、僕は生きるよ。きっと生きるよ。自分の頭で悩み、自分の足で地面に立ってね。


 「……」
 「……」


 「おい、さっさと成仏しろよ。」
「いや、初めてなもんだから成仏ってどうすればいいのかよく……」
「ホントのホントにボケだなてめーは!こう、気を楽にしてあとは自然のままに……」
「あのさー、もしかして僕まだ成仏できないんじゃ……。」
ちょっとフラッとして気が遠くなって倒れてみたものの……成仏とはちょっと違う気がする……。もしかして意識が飛びかけただ…け…?
「てめー!さっきのオレのくそ恥ずかしいセリフ返しやがれ!」
「し、知らないよ!僕だってすっごいクサいこと言ってたのにっ。うわぁぁ恥ずかしいっ!」
僕さっきなんて言ったっけ?ああ、思い出したくないっ。
「なんでだっ。なんでてめーは成仏しねーんだっ。オレが手を貸してやったってのにこの野郎!」
死神が僕につかみかかった。
そんなこと言われたってわざとやってるわけじゃないのにっ。
「や、やっぱり運だけで解決できるようなそんな簡単な問題じゃないってことかな?あはは…あはははは……。これからもよろしく……ね?」
「ふ・ざ・け・ん・なー!」
僕は死神が叫び散らすのと同時に彼から離れた。
僕だっていいかげん危険を察知する。この死神とは長いつきあいになりそうなことだしもっと仲良くなれたらいいんだけどなぁ。
「甘いぜてめー。誰が仲良くなんかするか!さっさと成仏しろさっさと!いや、今すぐだ今すぐ!オラオラオラオラ!」
前途多難。死んでからも苦労は多そうだ。
死神の荒療治でも僕は迷路から出られなかったし……死んでからもこんなことで迷わなきゃいけないなんて考えようによってはすごく面倒くさい気がする……。
でも僕は思う。
これはきっと残された最後のチャンス。本当は来るか来ないかわからないような不公平な運命なんかじゃなく自分の力で問題を解いて殻を割るチャンス。
このチャンスをムダにせずあがいてあがいてあがいていればそのうちきっと天国にいける……んじゃないかな?

今はまだ遠いけど―――。
END.
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