『正義の前のちっぽけな理由』

 鏡を見た。
そこには気が優しい、と言うよりは頼りなげな顔をした細身の少年が映っている。体にぴったりそった戦闘スーツは肩や胸に防御も兼ねた様々な装置が付いているが、少年の体自体は特に鍛えられているわけでもなく、むしろ折れそうなくらいに華奢である。
少年、小坂優哉はふう、と息をついた。
困っていながらもどこか安心している、そんな微笑みで。
断っておくが彼は決してナルシストではない。これは出撃前のいわば儀式なのだ。
優哉はどんな状況に置いても鏡で自分の姿を確認してから敵に立ち向かう。父も、他の隊員達も、誰も知らないが、優哉はいつ頃からか必ずそうするように努めていた。
「小坂隊員、時間がありません。急いでください。住民は避難させましたがこのままでは街が崩壊します。」
スーツの頭部に仕込まれた通信装置からオペレーターの声がして、優哉は鏡からぱっと目を離した。
「はい、小坂優哉、直ちに現場に向かいます。」

 さて、この世界には敵がいる。
この地球という名の人間の世界にいる敵は、『人類の敵』に他ならない。
小坂優哉は『敵』から人類を守るために作られた組織の戦闘員なのであった。
そしてその『敵』とは―――

ぐぁぎゃぁぁぁぁぁぁ

ビルの立ち並ぶ都会に普段と違って人の音がない。車の動く音とか、人の話し声などがいっさい聞こえてこない。その代わりに地を揺るがせる震動が断続的に続いている。
鳴き声と足音だ。
優哉は地下通路を通って目標地点にたどり着き、迷うことなくそれと対峙した。
そこには太古に滅びたはずの恐竜が20階建てのビルと同じくらいの大きさでもって存在していた。
あまりの大きさにまだ優哉の存在に気がついていない。人のいない街を面白くなさそうに壊している。
この手の敵と戦うのは初めてではない優哉は、躊躇いもせずに――
マイクで呼びかけた。

「恐竜さーん!話を聞いてくださーい。えーっとですね、あなたのやっていることは僕たちにとってとってもとっても困ることなんです。できればやめていただきたいんですけどお願いできませんでしょうかー?」

その瞬間、巨大恐竜は優哉を目標として捉え、通信装置の向こうのオペレーターは拳を握った。
彼女を含む多くの隊員達の名誉のために言っておくが、この組織のモットーは決して「言葉の通じない恐竜さんにも臆することなく友好的に話し合いましょう。」などというものではない。
証拠に、スーツのメットの中では大音量の怒号が優哉の鼓膜を突き破ろうとしていた。
「このガキャーっ!いっつもいっつもいっつもいっつもアホぬかしおってからにー!通じるわけないでしょ!さっさと倒しちゃいなさい!バキっと!コキッと!グキャッと!」
それに対して優哉は震えた声でつぶやく。
「で、でもあの恐竜さんにももしかしたらわけがあるのかもしれませんし…僕、できれば理由を聞いて何か困ってるなら助けてあげたいなー…なんて、思うんですけど…あの、ダメですか…?」
「ダメですか?じゃない!聞くまでもなくダメに決まってんでしょ!毎回毎回何考えてんのよあんたは!さっきあのままバシーンとやっちゃえば簡単に倒せたのにっ!何?あたしを過労死させたいわけ?」
「ち、違いますよ夏織さん。でも僕は説得したいんです!」
生きている目標を見つけたことで恐竜の動きが俊敏になる。恐竜は優哉めがけてその巨大な尾を鞭のように振った。
「うわっ」
優哉はとっさに地面を蹴る。あまりに大きな尻尾の攻撃は通常の人間ならどんなに反射神経がよくても避けられないはずだが、優哉は今の一蹴りで300メートルは跳んだ。しかしそれでも粉砕されたのはすぐ目の前のビルだった。思ったよりも射程が長い。
「小坂隊員、レベルをFにあげます。4分で決着をつけてください。」
モニターからその様子を見た夏織が冷静に告げた。
「その命令は受け付けません!しばらくはDでお願いしますっ!もう少しだけ…待ってください。」
優哉は第2撃を繰り出そうとしている恐竜の正面に立つ。
「教えてください。どうしてこんなことをしているんですか?僕、きっと何か理由があるんだと思うんです。僕たちが悪いにしても、君たちが悪いにしても、話し合えれば友達になれるんじゃないかなーって、だったらそれってとってもいいことだなって思うんです。」
優哉はメットの中で照れて顔を赤らめる。
その様子は誰の目にも映らない。モニターを通してこの戦いを見ている隊員の中の二人だけが想像せずともわかって、深いため息をついた。
「小坂大尉、息子さんにどういう教育を?」
夏織がモニターを見つめたまま冷ややかな声で言うと、優哉の父である小坂源蔵はなにやらぶつぶつとつぶやいた。
「……子供の頃に見せたムツゴロウの動物王国がいけなかったのだろうか…いや、でもあれには恐竜なんて出てこなかったし……」
「この前の敵は熊でしたよね。」
「おのれぇぇぇぇっ!ムツゴロウめ!何が動物は友達だっ!息子を危険な目にあわせおってぇ!」
夏織は頭を抱えてわめき出す上官にむかって心の中で「ムツゴロウのせいじゃなくてあんたの血ひいてるからだよ」とクールに告げたが、もちろん口には出さない。優哉が2度目の攻撃もなんとかよけたことを確認し指を動かす。

「小坂隊員、レベルF。残り時間あと1分です。」

その声に感情の色はない。
優哉は無言で目標に突進した。
数秒後、モニター全面に赤い液体が飛び散った。

優哉はビルを二つ三つ巻き添えにして倒れたその恐竜の頭の方に駆け寄り、血が溜まっている地面に迷わず跪いた。
「ごめんね。こんなに血を吐き出させちゃって。僕…話を聞いてあげたかったのに……ごめんね。」
やがて回収班が地上に姿を現すまで、優哉はいつまでも謝っていた。

「見た?」
数キロ離れた高層ビルの屋上で、妙な機械を手に持った少年がニヤニヤと笑った。
女の子のような可愛らしい顔をした美少年だが、口元に浮かべる笑みがその顔にまるで似合っていない。
側にいた青年が煙草を口から離してへっ、と笑う。
「バッチリ見たぜ。ちょっといじっただけで予想以上にでかくなったじゃねぇのよあの恐竜ちゃん。どこのアホが逃がしたのかしんねぇが恐竜なんてすげぇもんだってのにな。やっぱあんぐらいはでかくねぇとな。」
「ほんともったいないよね。あれだけのものを作れていながら破壊力や操る技術に欠けているなんてさ。馬鹿ばっかりだよ。」
嘲る少年を青年はへいへい、と流して煙草を再び口にくわえ、強すぎる風に煽られて小さく舌打ちした。
「んで?そろそろあの実験してみっかぁ?」
「そうだね。やるならこの地区でやろう。この恐竜を倒したあいつ、政府の開発した戦闘スーツのおかげで常人離れした力を身につけてはいるがとんだマヌケ野郎だ。あいつらが上手くやればもしかしたら殺せるかもね。」
こうして次の事件は決定した。


 帰還した優哉は戦闘スーツを脱ぎ、曇った表情で自室のソファに体を埋めた。
戦闘の後はいつもひどくやりきれない気分になる。
毎回、相手がどんな敵であろうと優哉は尋ねるのだ。
人間に『敵』と見なされてしまう、その行動の理由を。
そして必ず今回のような決着の付き方をする。
優哉はのそのそと身を起こし、鏡の前に立った。
戦闘に出向く前と同じ、情けない顔だった。やはり体はがりがりで、どう見ても頼りない。
優哉は眉を寄せた。戦闘前とは違った深い深いため息をつく。
これは『儀式』ではなく、『習慣』だ。
優哉は音を立ててソファに倒れ込んだ。
が、ソファに倒れ込んだ音よりももっと硬い音が響いた。
ドアが突然勢いよく開いたのだ。
現れたのは頭から蒸気を出している夏織と、なにやらぶつぶつつぶやいている源蔵だった。
「ちょっとあんたね!いいかげんにしなさいよ?毎回毎回言ってるけど今日みたいな戦いしてりゃいつか絶対死ぬわよ?あんた死ぬために戦闘員に志願したわけ?それともあたしに出世させないためじゃないでしょうね!」
息つく間もなくまくしたてる夏織の後ろで源蔵はムツゴロウはノンフィクションだとかフィクションだとか言っている。
これまた戦闘後の優哉が毎回出会う出来事だったりするのだが優哉はその度にびっくりしてすぐに流れについていけない。
一通りまくしたてられた後で優哉がやっと困ったように微笑むと、今度は父の源蔵がタックルの勢いで抱きついて無精ひげをこすりつけてくる。
「優哉〜っ!よく子供は目の中に入れても痛くないと言うが父さんも痛くも痒くもないぞ!むしろとっても気持ちいいくらいだ!だからムツゴロウなんかに惑わされないでくれ!いつまでも清いままで…うぐぅっ」
なんだか最後の方で源蔵の首が変な方向に曲がったような気がするがそれはともかく、夏織は源蔵の亡骸を部屋から蹴り出して戸を閉めた。
「さて、と。あんたわかってる?あんたが実戦に出だしてから今日で10回目なのよね。初陣から全部の戦闘であんたは敵の説得を試みてきたわね?全部人型でない敵だったにも関わらずね。自分が何をしているか、わかってるの?」
夏織は優哉の顔を両手で挟んでそらさせない。
「……わかってます。夏織さんや、父さんや、とってもたくさんの人に迷惑をかけてますよね。」
夏織は優哉の頬を平手で打った。
容赦はしなかった。優哉は力の方向に倒れ、口の端を切った。
「あんたは自殺行為をしてるってことよ。命を軽く見てるわ。」
「そんなことは…っ!」
「ないと言えるわけ?今日の戦闘、あたしが無断でFレベルに変えなければあんた死んでたわよ。それとも何?あたしに殺してほしいの?」
夏織は何の表情も浮かべていない。それ故に言葉にできないほど怒っていることが見てとれた。
「違います!僕は決して死に急いでるんじゃなくて…悩んでるんです。」
「何によ?あたしに聞く権利がないとは言わせないわよ。」
優哉はやはり困ったような笑顔を浮かべて、ぽつりぽつりと語り出した。
「僕、昔から父さんを見てきて…みんなを守るために働いてるなんてすごいなって…正義の味方にすごく憧れてたんです。」
夏織は思わず「あんたあのクソ親父にだまされてるよ」とつっこんでやりたくなったがやめておいた。無駄な抵抗はしない方がよい。
「だから…戦闘員になれて嬉しくて…でもわからなくて……夏織さん、『敵』って、なんなんですか?」
優哉は真剣だった。
だから夏織も、真剣に答えた。
「……人に害なすものよ。」
「じゃあ僕は…やっぱり正義の味方にはなれなくて…社会の味方でいることしかできないんですね。」
優哉は口元にだけ笑みを浮かべる。本人さえも気づいてはいないが、その笑みが凍り付いていることを二人ともどこかで知っている。
「身の程を知りなさい。心がけは立派とも言えないことはないけど自分の肩に背負える重さを見誤るとあんただけの被害じゃすまないのよ。」
夏織は淡々と言った。
優哉はうなずき、自分の細い腕をつかんだ。
「わかってます。僕がどんなに小さな存在かってこと。でも小さければ小さいほど安心するんです。変な話ですけど…こんな細い腕で動かせるものなんてスーツを着なければすごく軽いものしかないんだと思うと…ほっとします。僕に力はないから、だからこそ…『正義の味方』になりたいだなんて思えるんですね。きっと僕も正義が本当には存在しないってことを知ってるんです。」
だから僕は…せめてこの目にとまったものたちだけでも確かめたいんだ。それが正しいことなのか、このちっぽけな僕の頼りない良心じゃたぶんわからないと思うけど…それでもそうしていなければ世界はもっと曖昧なものになってしまう気がするから。
「僕、いつも説得するとき『救う』ことができるなんて考えてないんです。でもちっぽけな自分にはちっぽけなことが何かできるはずだと思ってます。だから僕は…」
「説得を続けるのね?」
夏織はため息混じりだ。どこか蔑むような響きがあるくせに限りなく優しい。
これが夏織の『赦し』だ。
優哉は思わず夏織の顔を見つめる。
すると夏織はとても温かな微笑みでにっこりと笑って
「じゃあ毎回マイクのボリューム最大であんたの鼓膜をぶっすぶっすざっくざっく突き破ってあげるわね。」
と言った。言い終わった後もその笑顔のままで、映像だけ見ればとても優しいお姉さんだ。しかしこれこそが絶対零度の微笑みという形容にふさわしい笑顔だった。
そんなほんわかとした絶対零度の世界に、小さな隙間を開けて源蔵が言う。
「と、父さんにも何かよさげなセリフを言わせてくれないかな……」
夏織は「じゃああたしは仕事があるから…」とその横をすり抜けて去り、優哉は少しこわばった微笑みを浮かべて冷や汗をかいた。父を尊敬しているが、やはりついていけないところも感じている優哉であった。
「ねぇ父さん、あの恐竜さんは結局何のために街を壊していたのかな?」
「んー?あれはどこかの生物研究所の実験体だろうな。あれだけの大きさだからあの日突然外ででかくなった可能性が高い。だから突然のことでとまどっていたのかもしれないし脳に影響する薬品を投与されていたのかもしれない。理由は恐竜じゃないとなぁ…」
「………」
優哉は押し黙った。源蔵が何気ないことのように述べた言葉には優哉にとってはとても小さくてしかし固い、トゲのようなものがあった。
「僕が戦ってきた敵は…」
独り言のようにつぶやかれたその言葉の先を、源蔵は待っている。
優哉はそのことがわかったのでなんでもないという素振りをした。
「僕は父さんや夏織さん達が大好きだよ…」
それはすべてをぼんやりとさせることのできる呪文。
いわば痛み止めだった。
「父さんもっ!父さんも優哉のことを愛してるぞぉぉぉっ!母さんの分まで愛してるぞぉぉぉっ!だからムツゴロウにだまされちゃだめだぁぁっ!いいか!ムツゴロウっていう奴はなぁ、いたいけな少年を動物の着ぐるみで油断させる凶悪犯なんだ!ちょっとでも近づいて『はーい、この動物はここが気持ちいいんですねー、とっても幸せそうな顔してるでしょ?ここが急所なんですねー』とかやってしまってみろ!たちまちおまえは北海道の動物王国に…うぐぅっ」
なんだか最後の方で源蔵の首が妙な方向に曲がったような気がするがそれはともかく、源蔵の亡骸は戻ってきた夏織によって連れ去られていった。
「ったく中途半端な階級のくせに仕事もせずに遊んでいられちゃあたしら下っ端が困んのよ。」
残された優哉は複雑な気持ちで二人を見送り、もう一度鏡の前に立つ。
腕に力を入れて力瘤などを作ってみたが、少し表面が分厚くなっただけで筋肉が盛り上がったりすることはない。
まったくもって非力なのだ。
「…ちっぽけなことも…できなかったな…」
優哉は鏡に額を近づけた。心地よい冷たさだった。時間の許す限りそうしていたいと思ったが、優哉はすぐに額を離した。
「…これからもできないと決まってるわけじゃないか…」
いつもそうやって自分を取り戻すのだった。

 「緊急連絡、緊急連絡、第3ブロックD地区XY34地点から被害報告。大型の獣が街を破壊中。」

スピーカーから淡々として、なおかつ緊張感を孕んだ声が響く。
優哉はすぐに用意をすませ鏡の前に立った。
第3ブロックD地区は優哉の担当だ。
「夏織さん、獣って、今度は一体なんですか?」
スーツの通信機に向かって呼びかけると返ってきたのはいつもの夏織の声より少し低い声だった。
「……わからないわ。狼のようだけど…四つ足で頭が二つに尻尾が三つ。言うなれば合成獣ってところかしらね?でも相手が何であろうと野放しにしておくわけにはいかないわ。小坂隊員、直ちに現場に急行してください。」
「……了解しました。」

 ビルは再びなぎ倒されていた。
まるで出来損ないのケルベロスのようなその獣は家一件分もある大きな頭をのけぞらせて高らかに咆哮し、ギザギザしたするどい牙の間から赤い舌をのぞかせながら獲物を求めていた。整備されたアスファルトの上に唾液がにちゃりと滴り落ちる。二つの頭がそれぞれに空腹を感じていた。
そして二つとも、自分の背に何かが乗っていることになど気がついていない。
それなのに、この獣は確かにそれの命令に従っていた。
黒く艶のある毛並みをかき分けて操作パネルをいじっている男は、数キロ離れたビルの屋上からこの見せ物を見物している二人組以外にはまだ誰にも見つかっていない――。

「あいつらも人材足りてねぇなぁ、せっかく作ってやった兵器に乗せる奴があんなんっきゃいねぇのか。あれじゃどっちが勝つかわかんねぇなぁ。」
青年が面白くなさそうに言う。
もう一人の少年は面白くないというよりも不機嫌と言った表情で奥歯をぎりぎりと鳴らしている。
「これだから価値のわからない馬鹿は。僕はあいつらの価値のなさを十分に理解していたつもりだけどまだ買いかぶってしまっていたようだね。さすがの僕にもここまで価値のない輩がいるとは思いもしなかったよ。」
青年は軽く同意した。
「んだんだ。これじゃ面白くねぇ。たいした実験にはならねぇな。どうする?」
「…見ているさ。あの馬鹿共と政府のクズ共、どちらがより価値のない者かこれではっきりするよ。予想ではおそらくドングリの背比べだけどね。」
少年は小型の機械を取り出し、アンテナのようなものを伸ばした。数秒ノイズが入ったあとパッとクリアになり、鮮明な画面が映し出される。獣の咆哮もまるですぐ近くにいるように聞こえる。
「上出来じゃねぇ?」
「僕を誰だと思ってるんだい?サイボーグ合成獣の見ているものを映し出すなんて簡単なことだよ。ましてやあれは僕が作ったんだから。でもこれじゃあ操縦者は見れないからいざというときはそっちで頼むね。」
「へいへい。」
青年は手に持っていた双眼鏡をのぞきこむ。双眼鏡とはいっても改造された特殊なものなので普通の双眼鏡よりもはるかに性能はいい。そしてもう片方の手には長距離用の銃が握られていた。
「…来たよ。政府のどぶネズミが地下道からご登場だ。」

優哉は思わず目を瞠った。
地上に出た途端目標がすぐ目の前にいたのだ。
こんなことは今までなかったことだった。獣はまるで優哉の出現を待ちかまえていたかのように吼えた。そのまま素早い動きで首を振り下ろす。優哉は間一髪でかわした。
「小坂隊員、敵は今までで一番素早い動きをしています。スーツの運動性をFに切り替えます。」
夏織の声に優哉は首を振る。
「まだです!僕はまだこの狼さんを説得していません。」
「ちょっ!あんたねぇ、なんで説得に関しちゃそんなに気が強いのよ!てかこんなのにまでそんなことする気?通じるわけないじゃない!しかもこいつ明らかに腹減らしてるのよ!」
優哉は聞かなかった。両手を上に上げて獣に向き直る。
「ったく、一度だけよ…。死んだらあんたの父親も同じ棺桶にたたき込んでやるからね!」
優哉はにっこりと笑って獣に語りかけた。
「あのー、狼さんですか?とりあえず狼さんって呼びますね。お腹すいてるってことはよぉくわかるんですけど、人間を食べられちゃ困るので違うもの食べてもらえませんか?ほら、お肉だけじゃ栄養が偏るんですよ?もっとこう…ニンジンとか、あれはカロチンが多くて…」
通信機ごしに夏織が叫ぶ。
「あんたね、自分から狼って名付けといて野菜薦めんじゃないわよ。肉しか食べないに決まってるでしょおっ!」
「え、でもほら、野菜も食べてもらえたら人間食べようとしなくなるんじゃないかなって……思ったんですけど。狼さんだってお腹がすいて当然だから食べるなとは言えないし…」
夏織には今の優哉の表情がハッキリとわかる。絶対にまた顔を赤らめて照れているに違いないのだ。
「小坂大尉!あなたがた親子はっ…」
いつものように源蔵に文句を言おうとしたが、振り返ったところで夏織は口をつぐんだ。
源蔵は解剖班の報告を受けていた。
だが夏織が黙ったのはそのためではない。小さく聞こえてきたその内容が夏織を止まらせたのだ。
源蔵が報告を聞き終わったのを見て、夏織はマイクを口元から遠ざけた。
「大尉、今の報告は…」
「ああ、あの恐竜の解剖結果だ。当然ながら人口生命体で、巨大化もやはり後からなんらかの方法でなされたものらしい。そして…あの恐竜の脳はセロトニンをほとんど分泌できないようになっていた。」
源蔵の額にしわが寄る。
「人工的に攻撃性を強められていたということですね。」
源蔵はゆっくりと頷いて一枚の紙を広げて見せた。
「さらに眼球にこの印だ。」
そこには黒ずんだ赤で不思議な模様が描かれている。
「これで6体目ですね。その商標が刻まれた人口生命体は…。このことはまだ息子さんには一言も…?」
夏織はマイクを遠ざけたまま視線をモニターに戻して優哉の様子を確認した。優哉はまだ説得中だ。言葉の通じない、怪獣と言うべき生き物相手にジェスチャーを使いながら必死に語りかけている。
「言えなくてな…他の者たちにもつい口止めをしてしまっている…。優哉は今悩んでいるだろう?ハッキリと聞いてはいないが、その悩みはおそらく私と同じはずだ。だが私は臆病で、優哉は恐れを知らない。あの子は何があっても戦いに行く。…父はそれが恐ろしい。」
源蔵もモニターに映る優哉を見たが、段々と目を細めてやがて閉じた。
色々なことを知ってしまった大人は純粋な少年の輝きがどれだけもろいものかをわかっている。
そしてかっては自分も持っていたはずのそれが失われていく様を見たくはないのだ。
「ええ。あの子はきっととても悩む。でもきっと悩むだけじゃ終わらない。何が相手であろうと戦いに行くのでしょうね。」
夏織は仕方がないんだから…という風に首を振った。
夏織は源蔵と違って隠す気も止める気もない。何があろうとオペレーターとして優哉をサポートするだけだ。今優哉に何も告げていないのは単にものぐさ故と、源蔵の時間稼ぎがそう長くはもたないことを知っているので、ため息をつきながらも親心を優先してやっているのだった。
「息子を案じるためとはいえ…わからんな。あの正義感の強い子に真実を隠すことがはたして本当にいいことなのかどうか……きっと社会もこんなふうに数多くの真実を様々な正しさで隠しているんだろうな。」
源蔵は赤黒いマークが描かれた紙を四つ折りにして懐にしまった。息子の目に触れないよう胸ポケットの一番奥へと。
そしてモニターへ目をやった。息子の戦う姿を見るのはいつもつらかったが、目を背けるのは自分が許さなかった。
モニターの中で優哉はまだ説得を続けている。
すぐにでも優哉をかみ殺しておかしくないはずの獣は何故かじいっと優哉を見つめてこれといった動きを示さない。
夏織はいぶかしげにモニターに目を凝らした。
優哉はおかしいとも思わずにただ聞いてくれているのだと思って言葉を続ける。
「だからきっと狼さんが正しいと思うことと僕たちが正しいと思うことは違うと思うんですけど、話し合ってお互いに一番いい方法を見つけられたらいいなぁーって思いませんか?僕は人間ですけど人間だからって狼さん達をないがしろにしていいとは思いませんし、できればみんなにとっていい方法をとりたいじゃないですか。」
そのときである。

「政府の人間が正しさを説くなんてね。僕おかしくて笑っちゃうよ。」

優哉は目を瞬いた。
夏織は目を疑った。
源蔵はムツゴロウはノンフィクションだったのかとつぶやいた。
双頭の狼が人間の言葉を喋ったのである。

「うわぁー。狼さん喋れたんですか。僕喋れる狼さんを見たのは初めてです。喋れるってことは話し合えるってことですね。説得してみてよかった。」

呆れるほど順応が早い優哉に夏織ががっくりと肩を落とす。
「小坂大尉…あれはムツゴロウのせいなんですか?そうなんですか?本当にそうだったとしたら…北海道に出撃許可をいただきたいんですが。」
源蔵はうんうんと頷いた。
「あれは声帯から出ていない。誰かの声を伝えている。…あの人口生物にも例の商標がついている可能性が高いでしょうね。そんなことが可能な技術を持った団体はそういないはずですから。」
モニターの中で狼はぴちゃぴちゃとよだれを垂らしながら鋭い目で優哉を睨む。
しかしその声はボーイソプラノだ。
「あの声、おそらくはその団体の一人か…。」
源蔵の眉間のしわが深くなった。
「こんなことで尻尾を見せるつもりはなかったんだけどな。あんまりおかしくてついマイクをONにしてしまったよ。」
ボーイソプラノの声がくすくすと笑った。
「通信機を通して聞いている政府のブタ諸君。よくもまぁ君たちに正義が説けたものだね。その面の皮の厚さには感心するよ。でもね、薄汚い君たちにそんな言葉が使えるのは後少しの間だけだよ。」
二つの頭が大きく吼える。

「僕たちが世界を作りかえるからさ。」

嘲るように、声は言った。


 夏織が眉をひそめる。
モニターを見ていた者は全員険しい目つきで押し黙った。
静かな緊張が走る。

「えーっと、それって地球を狼さんの世界にするってことですか?」

「……………………もうあいつには何も言う気しないわ…」
夏織のつぶやきに他の作業員も心の中で同意した。
「うーん、僕が言うのもなんなんですけどそれはやめといた方がいいと思います。だってほら、地球は誰のものでもないですから。世界を狼さんだけのものにしちゃったら他の動物さん達が住めないじゃないですか。人間はそれで失敗しちゃってるんです。だから狼さんもやめといた方がいいですよ。」
恐ろしいことに、優哉は真剣そのものである。
「本当にマヌケでおめでたい馬鹿だね。でもまぁ言ってることは悪くはないかな。地球はもう終わりだよ。だから作りかえるのさ。頭が悪い連中が築いたとしか思えない今のシステムを壊して完璧な管理システムを作り上げる。それが人類の、そして地球のためだ。」
「管理……?」
さすがの優哉も狼が言うことにしてはおかしいと違和感を感じ始めていた。
だが狼の背後の人間に意識をやる前にその言葉が気になった。
「それは本当に正しいことなんですか?そんなのは自然じゃないっ!」
優哉は今まで説得に正しいという言葉を使うとき細心の注意をはらっていた。
優哉には何が正しいのかよくわからなかったからだ。
優哉が正しいと思うことは本当に正しいのか、そんなことはわかるはずがなかった。
だが今は何も考えずに正しいという言葉を使っていた。
「自然を壊したのは人間だよ?これ以上壊さないために管理するのさ。僕には僕の正義がある。政府の上辺だけの正しさはもううんざりだね。」
「でもっ」

あなたの正義が正しいという答はどこにもない。

優哉の言葉は轟音にかき消された。
動かなかった狼が突然優哉に飛びかかったのだ。
「とうとう操縦者が怒ってしまったようだね。乗っ取られたようなものだから無理はないけど…この程度の操縦でね?頭も悪い腕も悪いときたら感情でつっこむしかないのかな?まぁ僕は見物を続けるよ。」
そして狼は喋らなくなった。
代わりに低いうなり声を発してつっこんでくる。
「レベルFっ!」
夏織が叫んだ。
途端に優哉のスピードが上がる。
狼の攻撃を素早くかわし、様子を確認しようと顔を上げた。
「夏織さんっ!狼さんの背中に人が乗ってます!」
「なっ、人?」
夏織は急いでモニターをクローズアップする。
確かに獣の背に人が乗っている。毛並みに隠れてわかりにくいがそこには操縦席のようなものがあり、白衣を着た男がその上で手を動かしている。
「そうか、操縦者って言ったわねあの声…。小坂隊員、その男は敵です。その男が狼を操っているようです。」
「ええっ、じゃあどうすればいいんですか?」
狼狽えた声に夏織はオペレーターとしての務めを果たした。
「狼を撃破後その男を捕獲。舌を噛まれるのを避けるため気絶させてください。」
「あの人も……人に害なすものですか?」
「そうよ。」
「…僕は人の形をした『敵』を倒すのは初めてです。」
「そうね。」
狼が再び飛びかかってくる。優哉はまたかわしたが、鋭い爪でえぐられたアスファルトのかけらが叩きつけられた。
ゆっくりと話している暇はない。
だが優哉は考えずにはいられなかった。
人のために戦っている僕は…人に研究材料にされた動物と戦い、同じ人とも戦わなければいけない。
僕が守っている人は誰なんだろう。
僕は誰の正義で動いているんだろう。
「ぼさっとしないっ!次の攻撃が来るわよ!」
はっとして前を見ると、狼の両眼がすぐそこにあった。

間に合わない――――っ

「優哉!ムツゴロウを思い出せ!犬は首筋をなでられると弱い!」
「大尉っ」
それって猫じゃ?
てか人口生命体の狼にんなもん効くか。
夏織の至極当然な言葉は紡がれる前に消えた。

「気持ちいい?狼さん。そんなに尻尾ふっちゃって可愛いなぁ♪」

優哉はにこにこと狼の首筋をなで上げている。
両方の首が気持ちよさそうに目を閉じていて、そこにはさっきまでの獰猛な獣の影はない。
「なんで効くのよ……」
夏織はげっそりとやつれていた。
「でもだめよ。小坂隊員、今のうちに目標を撃破してください。操縦者が狼に次の命令を出す前に。いい?あんたがここで躊躇うとあんたは死んで他の地区から回された戦闘員がその狼を殺すわ。同じなのよ。だからあんたがやりなさい。」
「………はい……」
優哉が返事をしたと同時に狼が牙をむいた。
その著しい変化は明らかに操られていることを示していた。
「……ごめんね。」

30階建てのビルの屋上からまさに高みの見物をしていた二人組はくすりと笑った。
「あっけなかったなぁ。やっぱ操縦者があれじゃあな。しかしおまえホントにあのボケガキ気にいっちまったんだぁな。」
青年が火のついていない煙草を弄びながら言う。
「うん、ああいう奴って思いっきりいじめたくなるんだよね。おかげで僕は上機嫌だよ。いいんじゃない?政府を叩きつぶすおまけってことでさ、僕があいつで遊んでも。」
「そりゃあ構わねぇけど…伊達や酔狂で世界作りかえるんじゃねぇんだぜ?」
青年が目を鋭くしたのを見て、少年は笑って頷く。
「やだな、もちろんだよ。僕には僕の正義がある。それが本当に正しいのかを知るためには…やるしかないよね。僕は世界を作りかえるよ。僕にはその力があるんだから。」
少年は、笑う。
試すことが恐ろしくないというように。
試すことこそが正しいのだというように。
青年は煙草に火をつけた。
「おっ。あのヘボ操縦者がこれまたヘボい抵抗してんぞぉ。見ていくか?オレはもう帰るけどな。ここじゃマトモに煙草吸えやしねぇ。」
少年は首を振る。
「見ないよ。面白くもない。捕まってもたいしたこともらせない奴だろうけどせっかくの作品を無駄にしてくれたし…殺しといて?」
「りょーかい。」
強い風が吹いて煙草の火を消していき、青年が小さく舌打ちをした。
その間に、数キロ先で狼を操っていた操縦者が頭を撃ち抜かれていた。


 優哉は帰還後いつものように部屋に入る前に夏織に捕まった。
また怒られるんだろうなぁと困ったように笑ったが、夏織は優哉の顔を見つめたまま何も言わなかった。
「か、夏織さん、あのー、そんなにじっと見られてたらなんか…恥ずかしいです。」
夏織は目を離さない。
「もっと落ち込んでると思ったわ。」
「……落ち込みましたよ。でも、僕にはわかりませんから…。」
何が正しいのか。何が誤りなのか。
答が欲しくても答を求めること自体が間違っている気さえして。
それでも、わからないからと目を背けることは間違いだと信じている。
「だから今度からもっと簡単に考えてやることにしました。」
ふっきれたような優哉の表情に夏織が興味を示す。
「へぇ?どんなふうに?」
この少年がどんな答を出したのか知りたかった。
優哉は聞いてくださいとばかりに語り出した。
「僕は気になると我慢できないたちなんです。だから正義とかを持ち出さなくてもどうしてなのかを知りたければ聞くしちょっと違うんじゃないかなと思えば反対するしこうした方がいいんじゃないかなと思えばそうします。もっと自分勝手に考えることにしました。」
優哉はこれまた真面目生真面目大真面目といった感じで人差し指などを立てて力説している。
夏織は思わず吹き出してしまった。
「え?え?夏織さんなんで笑うんですか?」
「決まってるじゃない。おかしいからよ。」
「ええっ、どこかおかしいですかっ?」
夏織はますます声を立てて笑う。
が、ふと気がついて急に静かになった。
「ちょっと待ちなさいよ…あんたが自分勝手にいくっていうことはあたしの苦労が増えるってことじゃないの?」
優哉の首根っこを捕まえて凄むが、優哉はまったく怯むことなく笑顔で答えた。
「あ、はい。そうです。夏織さんは僕が間違ってると思ったときはちゃんと言ってくれるので助かります。」
―――脱力。
夏織はこれ以上優哉と話すのに疲れてさっさと行きなさいと手首を振った。
優哉はお辞儀をして自分の部屋に入っていった。
「まったく……責任重大ね。」
夏織はまんざらでもなさそうに微笑んだ。
「小坂大尉、息子さん思った以上に強いみたいですけど?」
通路の影で源蔵がびくりと反応する。
夏織はそちらを見ずに小さくため息をつく。
「隠したって守ることにはなりませんよ。それはいいように使っているというんです。あの子を守ろうと思ったら事実をすべて明かすべきです。あの子に選ばせて…倒れたら支えてあげればいいんですよ。私たちのために隠すのではなくてあの子のために明かしてあげましょう。」
あの子にとって一番痛い事実は父が自分のストーカーをしてるってことだよ。
最後の一言は口には出さなかったが。
源蔵は影から姿を現して咳払いなどしながら優哉の部屋の方に目をやった。
「そうだな……あの子は強い。事実は分け隔てなく与えるべきなのかもしれんな。ムツゴロウが毒にも薬にもなるように…すべての可能性はあの子次第だ。」
夏織は同じように優哉の部屋の方に視線をやって頷く。
言いたいことはわかるんだけど例えが悪いんだよ。
あたしもムツゴロウが嫌いになりそうじゃないのよ。
とは言わなかったが。
「さて、これから忙しくなりますよ。あの狼からは例の商標が出るでしょうし操縦者の身元も割り出し中ですし銃弾の検査も進んでいます。向こうもこちらに宣戦布告をしたからにはこれから出くわす機会は多いでしょうしね。だーかーら、」
夏織は源蔵の耳を容赦なくひっぱった。
「息子さんと遊んでいる暇はないんですよ?大尉。」
優哉の部屋の扉に手をかけようとしていた源蔵をその絶対零度の微笑みで行動不能にしてひきずっていく。
源蔵の首がまた不思議な方向に曲がっていた。


 部屋の中では優哉がいつもと同じように鏡と向かい合っていた。
だが習慣を繰り返してはいなかった。
戦闘スーツを脱ぐと一気に疲労感が襲ってきて、優哉は鏡にもたれかかった。
「今日はFでの活動時間が長かったからな…」
しかしつぶやいた表情までは疲れてはいない。
少し運動レベルをあげて動いただけで疲労を訴える細い腕。華奢な体。
戦闘後はそのすべてが情けなくて、ちっぽけなことも成し遂げられないことがつらかったはずなのに今日はただ、ほっとした。
戦闘前のときと同じように自分に大きな力がないことに感謝した。
自分勝手にいこうとは思ったものの、間違えることが怖くないはずはない。
それでも間違えるのだろうという確信はある。
だからこその安心。
「それでも、こんな体でも…命を奪えてしまうんだ…。」
優哉は俯いて両手を見つめた。
しばらくして誰もいないのに顔を赤らめて恥ずかしがりながら、ちょいと合掌などしてみた。
「父さん夏織さんありがとう……」
単にいつも側にいて間違ったときは教えてくれたり色々と助けてくれてありがとうという意味だったのだが、言ってみると違う意味が心を満たした気がした。

僕は…父さんや夏織さんが大好きだ…

真実であり痛み止めでもあった言葉が今ではただの真実だ。
大好きな人がいる。
それはとても大切で強い力のように思われた。
きっとこの世界にはたくさん嘘があってその中に真実だと思われている嘘もたくさんあるんだろう。そして真実は本当にそうなのかよくわからないようなあやふやなものが時々見え隠れする程度にのぞいているのだろう。
それでもここに紛れもない真実が一つある。
そのことがようやくわかったのだった。
「狼さん、世界を作りかえなくても今の世界に大切なものはたくさんあるよ…それを探すのは世界を作りかえることに比べたらきっとちっぽけなことなんだけど…僕はちっぽけなことだって大切なものは大切にしたいなぁ…それが大きなことに繋がるような気もするんだ。僕はとりあえずちっぽけなことを頑張ってみるね。どうするべきなのか自分で選べるように。狼さんのような悲しいことを少なくするために。あ、違う違う。するためじゃなくて、したいから。だね。」
優哉は顔をますます赤くした。
間違いを訂正したところで自分が鏡に向かって長々と話し込んでいることに気がついたのだ。
それでも言葉にすれば不思議と自分の思いがしっかりとしてきた感じがした。
漠然と明日からは今までよりもっと頑張ろうなどと思い、優哉は小さく微笑んだ。
「正義の味方にはなれないけど大切なものを守れるようになりたい。自分の大切なものと…できれば他のみんなの大切なものも守れるように。」

戦う理由はそんなものでいい。

優哉はソファに身を沈め、心地よい眠りについた。
次の戦闘に備えて―――。
END.
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