『空中牢獄』

西暦XXXX年
全地表面積の70%が砂漠化。
地球連邦科学部生物工学班は一つの解決策を提案した。


 『M0198503』
プレートにはそう刻まれていた。
罪人の印であるそのプレートは消毒も何もなしに無理矢理耳につけられる。
ピアスなどつけたこともないラギは変な感じがしてしょうがなかった。
なんとか取れないものかと手錠をかけられた手をガチャガチャと動かしてみるが、手錠はしっかりと埋め込まれていてプレートに触るどころかピクリとも動かなかった。
装甲機で牢獄に運ばれるまでの間、ラギはずっとそれを繰り返していた。
「いいかげんにあきらめろや兄ちゃん。この手錠ははずれっこねぇ。もしはずれたとしてもこのロボットどもによってたかって脳天を撃ちぬかれ、万が一外に出れたとしても空のまんまんなかだ。どうせおれたちゃ死ぬんだからよう。」
ラギの背中から嘲るような声が聞こえてきた。
装甲機の中にはたくさんのロボット兵と、罪人がもう二人いる。
ラギがつながれている手錠はつながれた人間が両腕を開き十字の形になるように分厚い石に埋め込まれていて、通常は二人用。裏表両方使えるようになっている。移動の時は二人で真ん中の石を持ち上げて歩くのである。
今話しかけたのはラギの後ろにつながれている男だ。
ラギは頬を石にすりつけるようにして尋ねた。
「おれたちはどこに連れて行かれるんだ?」
石が小刻みに動き、男が大声をあげて笑った。
「はっはっは。こいつは驚いた。犯罪者の中にまぁだあそこのことを知らない奴がいたなんてな。」
人を思いきり馬鹿にした口調だったが、ラギには犯罪者の自覚がない。
気にとめずに話を続けた。
「あそこってどこだ?」
「地獄だよ。」
男は神妙な声で告げた。
背中越しに緊張した空気が伝わってくる。
ラギは押し黙った。
男がその場所を本気で恐れているのが感じ取れたのだ。
凍るような石の冷たさが背中にしみる。
エンジンの音が変わり、ついにその場所に着いたのだと三人は無言で悟った。

 ロボット兵達に促され装甲機からその場所へと降り立つと、中には男が一人、ガラス張りの床にあぐらをかいて座っていた。
三人は手錠をはずされその場に置き去りにされた。
装甲機の音が聞こえなくなるのと同時に、ラギは他の罪人達に向かって右手を差し出した。
「よろしく。おれはラギ。これから仲良くしてくれ。」
握り返してくる手は一つもない。
「馬鹿じゃねぇのかおまえ。おれたちはこれから死ぬんだぞ。よろしくする間も何もないんだよ。」
さっきまでラギと同じ手錠につながれていた男が唾を吐いた。
「おれたちはここで牢獄生活をするだけじゃないのか?手錠もはずされたし思ったより待遇はいいようだが。それよりあんたの名前は何と言うんだ。」
ラギが言うと、男は呆れたようないらだったような顔をした。
「おれの名はガサバだ。おまえほんとになんにも知らねぇんだな。ここは牢獄なんかじゃねぇ。地獄さ。下を見ろ。砂漠が見えるだろ?おれたちはここに入れられて一定期間過ぎると下に落とされる。ここから下までは……測れはしないが落ちたら確実に死ぬ距離だ。奇跡的に生きていたとしても広大な砂漠で生きていけるわけがない。ここはおれたちをじわじわといたぶり殺すところなのさ。」
ラギは首を傾げた。
「ずいぶんとまわりくどい方法だな。」
ガサバは少しも取り乱す様子のないラギに言葉を詰まらせた。
呆れて何も言えなくなったという方が正しいのかもしれないが。
ラギとガサバのやりとりを見て、あぐらをかいていた男が笑いながら立ちあがった。
「よろしく。おれはグリンだ。おまえたち面白いな。だけど二人とも違ってるぞ。ここはもっと残酷なところさ。そこの兄ちゃんは知ってそうだがな。」
そう言って、ラギ達と一緒に連れてこられたもう一人の男を指さす。
ラギとガサバが二人でつながれていた手錠に一人でつながれていた男だ。男はあの分厚い石を一人で持っていただけのことはあって、ここにいる誰よりもたくましい体つきをしていた。
「おれが知っているのはここに連れてこられた者はみんなそのうちああなるということだけだ。」
男は下に見える砂漠を見つめた。
ラギ達もつられるように下を見る。
一面の砂。
端から端まで絶え間なく動き続ける砂砂砂。
気の遠くなるような広大さだ。
「ケッ。なんでぇ。砂漠しかねぇじゃねぇかよ。それともなんだぁ?おれたちが全員砂になるってのか。」
ガサバが毒づくと、男は低い声で言った。
「もっと目を凝らして見ろ。」
「植物。」
ラギはつぶやいた。
広い砂漠のところどころに、小さく緑の葉のような物が見える。
グリンがラギの傍らに立ってその植物を指さした。
「あれはロバート。あれはザザ。あっちはミラで向こうのはピータだ。」
ラギは床にうつぶせになり、しっかりと目を凝らした。
額から汗が滴り落ちた。
「連邦警官隊の連中は犯罪者の証であるこのプレートをつけるとき、同時にある植物の種を植え込む。そうして砂漠の上にあるこの牢獄に連れてこられたおれたちは一定期間ここで過ごすことになる。砂漠に出ても十分育っていける強さになるまで体内で種を育てるんだ。一定期間が過ぎたとき、おれたちは下に落とされる。栄養のない砂漠での植物の肥やしになるために。」
ラギが薄々気づき始めていたその事実を、グリンは至極淡々と告げた。
未だ名乗ろうとしない男が付け足す。
「逃げられない。こうしている間にも植物は体内で成長を続けている。」
「馬鹿野郎!んなろくでもない嘘にだまされるかってんだよぉっ!」
ガサバが力一杯足を鳴らした。
そう言いながらも耳のプレートを両手でつかみ、血が出るほど引っ張っている。
「無駄だ。プレートと植物は別物だ。すでに種は根を張っている。」
男の言葉が聞こえているのかいないのか、ガサバは一心不乱にプレートを引っ張り続けた。
「あんたの名は?」
ラギは男に右手を差し出した。
男は無表情でラギを見下ろしている。
男の背はかなり高く、ラギは首が痛くなるほど見上げなければ顔が見れなかった。
ラギは唇の片端をつり上げた。
「おれたちはまだ生きている。」
男はラギの頭上でわずかに微笑み、ラギの手を握り返した。
「ザイオンだ。ラギと言ったな。面白い奴だ。」
「まったくだ。おまえたち面白いよ。いい面子がそろったもんだな。」
ラギとザイオンの手の上にグリンが手を重ねた。
「何よろしくしてんだよっ!どうせ死ぬんだ。んなことしてたってしょうがねぇだろぉっ!」
少し離れたところでガサバが叫んだ。
ラギは重ねた手に少しだけ力を込めた。

 砂漠に夜が来ると牢の中も暗くなった。
一日目の夜。
当然のように、誰も眠ろうとはしなかった。
ガサバはプレートをはずすのをあきらめて隅の方で小さくなって震えている。ザイオンは背筋をピンと伸ばしてあぐらをかき、目を閉じて何かをずっと考えている。グリンは中央に大の字になって横たわり、天井を見つめている。ラギは壁にもたれて座り、首を回したり他の連中の様子を観察したりしていた。
両腕を伸ばして伸びをしていると、ガサバが四つん這いに歩いて寄ってきた。
「おいおまえ、ちょっと話せよ。」
その体はまだ小刻みに震えている。
ラギはうなずいた。
「おまえ何したんだ?」
ガサバがぎこちない笑いを浮かべて尋ねた。
きっと心の中では凄まじい恐怖と戦っているのだろう。
ラギが答えようとして口を開くと、
「そいつはおれも聞きたいね。」
グリンがすばやい動きで二人の間に顔を出した。
会話を面倒くさがったガサバがラギのプレートを引っ張った。
「分類Mの番号01か。ノーマルの殺しだな。何人殺したんだ?え?」
下卑た笑いを浮かべて聞き出そうとするガサバを前にして、ラギは少し驚いた。
プレートにそんな意味があるとは思っていなかったのだ。
それくらいラギは犯罪に対して無知だった。
「一人だ。」
ラギはガサバの手からプレートを奪い返した。
「なんでぇ一人かよ。面白くねぇ。」
ガサバが両腕を頭の上に組んだのに対してグリンは身を乗り出してきた。
「連邦政府はよほど人口を減らしたがっているみたいだな。」
「おれが殺したのは下っ端とはいえ連邦の人間だったからな。」
ラギは少しうつむいた。
「おれは今でも自分が罪を犯したとは思っていない。奴はおれの妹を殺してその罪をもみ消した。だからおれは奴を殺した。連邦裁判にかけても無駄だとわかっていたからだ。」
過去を思い出しながら眼を眇めたラギを見て、グリンは短いため息をついた。
「思った通り、おまえはこんなところに来るべきじゃない奴のようだな。」
ラギの頭を乱暴になでると、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
「世の中が間違っているのさ。」
ガサバは退屈そうに首を揺らした。
「おれは番号02さ。たくさん殺したぜぇ。上品ぶった連邦の奴らもおれのことを馬鹿にした周りの連中もみんなみんな!」
自慢するように言う。
顔をゆがめて笑った後、急に静かになって床に突っ伏した。
「だからか?これは罰か?しょうがねぇじゃねぇか。楽しかったんだ。あいつら殺すの楽しかったんだ!しょうがねぇじゃねぇかぁっ!」
ガサバは小さくなってすすり泣いた。
瞑想を続けていたザイオンが言った。
「今さら悔いても始まらん。おれたちの未来はもうないのだ。」

 二日目の昼も夜も起きていた一同は三日目の昼になるとさすがに眠気に襲われた。
ザイオンは瞑想中にそのまま、ガサバは自分で自分を抱きかかえるようにして眠っていた。
グリンだけがまだ眠っていなかった。
ラギは床に横たわるグリンを見下ろした。
「そこからどけ。」
グリンが真摯な表情を向ける。
ラギが言われたとおりグリンのそばを離れると、グリンは顔だけをラギの方に向けて目を閉じた。
「ここから、落ちるんだ。」
グリンが言った。
グリンが横たわっているのはこの牢の中央だ。
そこだけガラスではなく不思議な金属でできている。
グリンがいつも見上げていた天井には、巨大な筒のような物が生えていて、遥か頭上でラギ達を見下ろしていた。
ラギは下と上を交互に見て、その間にいるグリンの言葉を待った。
「その日になると選ばれた人間があの筒に吸いこまれてこの部分が徐々に開いていく。そして後は、まっさかさまだ。」
グリンは嘲笑した。
何を、なのか。
自分の運命か、間違ったこの世界か、ラギにはわからなかったけれど。
「次はあんたか。」
「……ああ。」
そしてグリンはその場所で眠りについた。
一人現実世界に取り残されたラギは牢の中を一通り見回すと、ガラスの向こうの世界に目をやった。
砂漠の中の小さな緑が、確実に大きくなっている。
同じ速さで体内でも成長しているのだと思うと背筋が寒くなった。
あと何日なのか。
見当もつかない。
ラギは眉間に溝を掘った。
周りは空。下は砂漠。
秒読み付きの地獄。
ラギはガラスに爪を立てた。
爪が滑ればその度に、何度も何度も指先を白くした。
その意識が幸福な夢に飲み込まれるまで。

 四日目の朝。
ガサバは目を覚ました途端絶叫した。
「あと何日だっ!ちくしょぉっ!あと何日なんだっ!」
グリンに詰め寄り問いつめる。
グリンは顔を背け何も言わなかった。
反応が返らないのを見るとガサバはグリンを解放して再びプレートに手をやった。
無駄だとわかっていても必死に引っ張る。
誰も止めようとはしなかった。
ガサバの血が床に点を描き、次第に数を増やしていく。
ラギは一瞬たりとも目をそらさずにその様子を見つめていた。
そして。
床に硬い音が響くのを聞いた。
ガサバが耳たぶごとプレートを引きちぎったのだった。
「あっはっはぁ。ついにやったぞぉ!おれは解放されたんだ!」
ガサバは両腕を高く振り上げた。

「やめろグリン!」

ラギは叫んだ。
だがそれは一瞬遅かった。
ガサバの体が光に包まれ、ゆっくりと浮かんでいく。
ザイオンが天井を見上げた。
巨大な筒がほのかに発光し、ガサバを吸いこんでいる。
ガサバが筒におさまった瞬間金属の床が消えた。
強い風が入り、青い空と待ち受ける砂が見える。
ラギは叫び続けた。
「やめろグリン!もうやめろ!」
グリンの体にしがみついて叫び、暴れるグリンを押さえつけてその手に持っている物をはじき飛ばした。
途端に筒が吸引力をなくす。
急落下するガサバが床に打ちつけられる寸前ザイオンがその体を受け止めた。
不思議な金属でできた床は元の状態に戻っていた。

 「どうしてわかった。」
グリンがつぶやいた。
「プレートはすぐに気づいた。計算の末作り出されたシステムとはいえほとんどが機械だ。外部に露見すればただではすまないこのシステムをそんなに無防備にするとは思えない。このプレートでおれたちの状態を判断しているんだろう?だからガサバがプレートを取った瞬間万が一の事態になる前に始末しようと考えた。」
ラギの言葉にグリンがうなずく。
ザイオンは気を失ったガサバを床に置いて静かに聞いていた。
「そしてあんただ。ほとんどはプレートと同じ理由だが、あんたは最初からここにいた。すでに一度他の人間が下に落ちるのを見たような口振りだった。なのにあんたは眠らなかった。それは色々と説明が付くとしても、おれの罪状を聞いたときのあんたの反応が頭に残ったんだ。」
グリンは目を閉じて天井を仰いだ。
「おまえは、今までおれが落としてきたような奴らじゃない。おまえを落とすのは嫌だと少し思ってしまったんだ……。」
一気に力を抜くように下を向き、一人一人の名前を呼ぶ。
「あれはロバート。あれはザザ。あっちはミラで向こうのはピータだ。それだけじゃない。あそこのがブルであっちがゴン。ビルト、ダキ、ジャックにベラン。みんなおれがここから落としたんだ。」
吹きすさぶ砂の間に緑の葉が小さく見える。
きっとあの下には自分たちと同じ囚人服を着た死体が埋まっているのだろう。
読んでももう答えない彼らの名を、グリンはどんな気持ちで唱えているのか。
その名前と位置をすべて記憶している彼の思いは一体どんなものなのか。
「何と引き替えに?」
ラギは聞くのを躊躇わなかった。
「植物の成長を抑制する薬さ。奴らが持ってくる薬を打てばおれはあと一カ月寿命を延ばすことができる。」
一カ月の寿命と引き替えに多くの人の命を売ったのか。
とは、誰も言わなかった。
言えなかった。
だがそれが正しいはずは決してないのだ。
「どうして力を合わせて立ち向かおうとしないんだ。」
ラギは静かに言った。
強い言葉だった。
グリンはひざまずき、頭を抱えた。
「周りは空。下は砂漠。ここは夢の中にしか逃げ場のない完璧な地獄さ。奴らがおれをそそのかしたとき、おれは迷わなかった。一緒に戦った仲間を売って短い寿命を買った。生きていたかったのさ!ああ、この世の地獄をすべて見ても死ぬのが怖かったんだ!」
ザイオンがグリンのプレートを引っ張り読み上げた。
「『T0198103』反逆罪か。連邦と戦っていた男が連邦の使い捨ての犬になるとはな。」
グリンは体をピクリと震わせ、鼻で笑った。
「そうだよ。最低の男さ。」
その自虐的な言葉に、ラギは反論した。
「グリン、あんた本当は死にたかったんじゃないのか。だからいつもあの場所で横になっていたんじゃないのか。仲間がそうなっていったように、あんたも本当は下に落ちて、楽になりたかったんじゃないのか。もうそれ以上自分を悪人にしてやるな。」
ラギの言葉は痛かった。
優しかったからこそ、痛かった。
グリンは苦笑し、首を振った。
「さあ、おれを殺すんだろう?」
こんな男を生かしておくはずがない。
グリンはいっそ晴れ晴れとした気分で身を投げ出した。
しかし。
ラギは告げた。
「あんたにはまだまだ生きてもらう。」
グリンは自分の耳を疑った。
「おれはまだ死にたくないんだ。ここから無事に脱出する手段が唯一あるとしたら、それはあんただ。あんたも、そこまでして得た寿命なら無駄遣いは許されないはずだ。」
ラギの言葉に、グリンはなんと言っていいかわからなかった。
やっとの思いで思いついた陳腐な言葉も、紡ぐ前にザイオンにさえぎられた。
「脱出なら可能だ。おれがいる限り。」
グリンはいぶかしげな顔でザイオンを見つめた。
「あんたも怪しいと思ってたんだ。えらくここの事情に詳しかったからな。何者だ?」
ラギが聞くと、ザイオンはアッサリと答えた。
「地球連邦空軍中佐ザイオン・タジカ。今空軍は二つに割れている。今の連邦に対し反乱をもくろむ動きが出てきたのだ。私はその中の一人だ。今回は調査のためにここに侵入した。すでに仲間が外で救出を試みているはずだ。グリン、おまえが協力すればたやすく抜け出せる。」
「おまえはおれを見張るために来たんじゃなかったのか……。」
グリンは床に倒れ込んだ。
ラギは横に立ち、問いかけた。
「もう一度、戦う気はあるか。」と。
グリンは微笑んだ。
勝ち目はほとんど無い。
例えここを脱出できたとしても連邦の連中に体内の植物を摘出させるのは無理な話だ。
時間ももう残り少ない。
どのみち死からは逃れられないのだ。
だが。
答は決まっていた。
今度こそ、
揺るがない答が。

「おれたちはまだ生きている。もう一度あがいてみるのも、悪くない。」

ラギ達は微笑み合い、そろって言った。

「さあ、反撃開始だ!」
END.
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