『未来の世界の猫型ロボット』

 相沢ヒロシはダメダメ男である。
運動神経なし。明晰頭脳なし。端麗容姿なし。根性なし。特技なし。
唯一の長所は優しいことだったが、それは平たく言えば優柔不断で臆病者ということであった。
そしてもう一つ。
彼は運もこれ以上とないくらい悪かった。
やることなすことなんでも失敗しすべてが裏目に出る彼に、ついたあだ名はのび太くん。
ピッタリだと、彼の友人たちは笑った。
が。
その彼らもよもや彼がこんな目に遭おうとは想像さえしていなかったに違いない。

 それは暑い夏の夜のことだった。
ヒロシはノートを取り出そうとして無造作に机の引き出しを開けた。
そのとき。
引き出しの中から突然、一匹の猫が現れた。
いや、正確には猫ではない。
そこに現れたのはネコ耳ネコ手ネコ尾というマニア垂涎のコスプレをしたムチムチお姉さんであった。
ヒロシは石になった。
が、コスプレお姉さんはかまわず微笑みかけてきた。
思いっきり動揺したヒロシは慌てて言葉を吐き出した。
「た、頼んでないです。」
するとお姉さんはますます笑顔を浮かべて
「はい。私はあなたのダメダメ電波を受信して自分からここに来たんです。初めましてっ!私は未来で生産された猫型ロボットD−emon2016号です。」
と、誇らしげに胸をたたいた。
ヒロシはさらに石になった。
大理石なみに固くなりながら、ヒロシはもう一度言葉を紡いだ。
「ド、ドラ美ちゃん?」
言い終わった瞬間、お姉さんの顔が歓喜の表情に染まった。
「!それが私の名前ですね!よかった!名前をつけてくださったっていうことは私があなたにお仕えするのを認めていただけたんですねっ!ありがとうございます!これからよろしくお願いします!」
ヒロシはさらにさらに石になった。
その硬度は今まさにダイヤモンドさえ超えようとしていた。

 翌日ヒロシは起床と同時に素早く部屋中を見回した。

いない。

ヒロシはほっとため息をついた。
昨日の不可解な出来事はやはり夢だったのだ。
ほっとしながらも少し残念さを感じたが、それは朝の忙しい現実にかき消された。
夢見ている間にも現実では時間が着実に動いているのだ。
ヒロシはいつものようにふとんをたたみ、いつものように足で押し入れのふすまを開けた。

「おはようございますご主人様っ!」

夢はまだ覚めていなかった。
ヒロシは無言でふすまを閉めると、たたんだばかりのふとんをまた広げてその上に横になった。
目を閉じると、押し入れのふすまが開いた音が聞こえた。
「ご主人様、いいんですか?遅刻してしまいますよ。」
かわいらしい声がすぐ耳元で聞こえてくる。
それでもヒロシは起きようとはしなかった。
「仕方ないですね。」
ため息の音。そして……なにやらもぞもぞした音が。
ヒロシは大慌てで飛び起きた。
「わかった!起きる!起きるよ!だから変な道具は出さなくていい!」
「は?」
猫型ロボットD−emon2016号…ドラ美ちゃんは、ちょうどヒロシが寝ているふとんを引っ張ろうとしていたところだった。

 朝食を食べながら、ヒロシは何度も何度もため息をついた。
ああ、オレってなんでこんなについてないんだろう。現実からも見放されるなんて。
とりあえず押し入れに入れといたけどもし母さんに見つかったらどうしよう。
そう思いながら、ヒロシは今朝9回目のため息をつく。
しかし、ヒロシは思い直した。
ちょっと待てよ?彼女はドラ美ちゃんなんだぞ。てことはオレって無茶苦茶運がいいんじゃないのか?
あんな道具やこんな道具を出してもらってあんな事やこんな事をし放題!
何度もため息をついたあと今度はニヤニヤと笑いだした自分の息子を、ヒロシの母は少し離れたところから見つめていた。

 相沢ヒロシ。
よくわからないうちにドラ美ちゃんをゲットしていた幸運の主。
彼は今までの不幸も全部忘れてその幸福によいしれた。

が。

「ないですよ。」

現実はそこまで甘くはなかった。
「私にポケットなんてついてません。道具って、なんの道具ですか?道具がどうしたんですか?」
期待に胸を膨らませ、スキップで帰宅したヒロシの幸福人生を、ドラ美ちゃんは無惨なまでにうち砕いた。
ヒロシは石に……なる前に泣き伏した。
音を立てて鼻水をすすりながら、それでも一つ聞いてみる。
「じゃ、じゃあ特に何ができるんだい?」
ドラ美ちゃんは笑顔で答えた。

「特には何も。」

ヒロシは泣き……伏す前に討ち死にした。
床に倒れ込んでピクリとも動かない。
「でも私頑張ります!ご主人様に幸せになっていただけるよう頑張りますっ!ご主人様のあまりにダメダメな電波を受けて私がなんとかしてあげたいって思ったんです!大丈夫ですっ!ご主人様がどんなにダメダメでもその分私が頑張りますから!」
なんだかグサグサととどめを刺されたような気がしたが、ドラ美ちゃんの熱いオーラを感じてヒロシは少し生き返った。
「あ、ありがと……でもどうやって?」

「応援です!任せてくださいっ!私こう見えても結構大きな声出るんです!」

ヒロシ……即死。

しかしゆっくりと死んでいるヒマはなかった。
扉の向こうから聞き覚えのある足音が近づいてきたのだ。
ヒロシは慌ててドラ美ちゃんを押し入れに封印した。
「ヒロシ。ツヨシちゃんから電話よ。」
間一髪のところで危機は逃れたものの、ヒロシの母はヒロシに新たな不幸をもたらした。
「ツ、ツヨシ君から?」
ツヨシとは、ヒロシのことをいつもいじめているジャイアンに当たる人物である。
ヒロシは思わず押し入れの方を見た。
しかしヒロシについているのはドラえもんではなくドラ美ちゃんだ。
ドラ美ちゃんはドラ美ちゃんでも、声援を送るしかできることのないドラ美ちゃんなのだ。
ヒロシはうつむいた。
その様子を見た母が呆れたように首を振る。
「あんたもねぇ、いいかげん逃げることじゃなくて立ち向かうことを覚えなさいな。ツヨシちゃんだって言えばわかってくれるわよ。今までなんだかんだいってもそれほどひどいことされてないでしょ?あんたが何も言わないだけでしょうが。話し合えばいいお友達なんだからほれ!電話に出ておいで!まったくそんなんだからいつまでたっても情けないままなのよ。しっかりしなさい!」
母の言葉の前に、ヒロシはただ縮こまることしかできなかった。
が。

「ご主人様頑張れ!ご主人様頑張れ!お母様の言葉がいくら痛くても頑張らなきゃダメですっ!ツヨシさんの電話なんて恐れることはありませんっ!私がついていますからっ!」

ヒロシは青ざめた。
そして、恐る恐る母の顔を見た。
ヒロシの母は石になっていた。
「ヒ、ヒロシ?あんた押し入れに何隠してるの〜〜〜っ!!!!」
「かっ、母さん開けないでっ!」
「はじめましてっ!私ドラ美ちゃんと申します!これからご主人様に末永く仕えさせていただきます!よろしくお願いします!」
「ヒロシ〜っ!!あんたって子はっ!余所様のお嬢さんをこんなところにつれこんでっ!」
「違うんだ母さん〜〜っ!!!」
「ご主人様頑張れ!ご主人様頑張れ!」
こうしてツヨシからの電話はすっかり忘れ去られ、そのことが次の日ヒロシにさらなる不幸を呼ぶのであった。

 「ヒロシ。てめぇ昨日オレの電話に出なかったなぁ。」
家を出てすぐヒロシはツヨシに出くわした。
待ち伏せされていたのだ。
電話のことなどすっかり忘れていたヒロシは少し考え、見る見るうちにガタガタ震えだした。
「い、いや、あの、き、昨日はちょっと色々あって、その、でもどうせたいした用じゃ……」
「たいした用だったんだよ!おい、色々ってなんだ。言ってみろ。」
「え、それは、その…」
言えるわけがない。
ヒロシは押し黙った。
事態を悪くさせるだけだとわかっていても、何も言うことができなかった。
「なんだぁ?言えないってのか?おい!」
「………」
ツヨシの腕がヒロシの胸ぐらをつかむ。
そのときヒロシは気がついた。

やばい。このパターンって……

昨日の母の時とほぼ同じではないか。

「ご主人様頑張れ!ご主人様頑張れ!私のことならお気になさらず!ツヨシさんだって話せばわかってくださいます!ご主人様頑張れ!大丈夫です!私が頑張って応援しますっ!」

時すでに遅し。
ドラ美ちゃんは意気込んだ表情で玄関を勢いよく開け放った。
突然のコスプレお姉さんの登場に、ツヨシの目が思わず点になる。
「ご主人様、ツヨシさんにお話しするんですっ!きっとわかってくださるはずです!さあ、頑張って!」
ドラ美ちゃんはそう言ったが、ヒロシにはそんな余裕はなかった。
ツヨシがどんな反応をするのか、頭の中はそれでいっぱいだった。
そして、
「ヒロシ、おまえこういう趣味があったのか。オレが電話をかけたときおまえはこの姉ちゃんといちゃいちゃしてたんだなっ!」
ツヨシは憤怒の形相でヒロシをにらんだ。
「ち、ちがうよ〜ツヨシ君。」
ツヨシは聞く耳持たないといった感じでヒロシにこぶしを振りかざす。
「ご主人様頑張れ!ご主人様頑張れ!ツヨシさんに全部説明するんです!まだ遅くはありません!頑張ってください!頑張れご主人様!」
ドラ美ちゃんは相変わらず応援するだけだ。
ヒロシは自分の運命を呪った。
今までさんざん不幸に見舞われて、やっと訪れたと思った幸福の女神も、結局は何もしてくれない。
ヒロシは何もかもあきらめて静かにこぶしが振り下ろされるのを待った。
怖いけど、痛いけど、すでに何度も殴られた経験があるのだ。
今さら嫌な過去が一つくらい増えたからって、どうってことはない。
少しのあいだ我慢すれば、きっとまた元通りになる。
「元通り」もそんなにいいことじゃないけれど、今までずっとそうやってきたのだ。
今回だって……

バキッ

固く目を閉じたヒロシに、ツヨシのこぶしが容赦なく振り下ろされた。
が、ヒロシは痛みを感じなかった。
目を開くと、足元にドラ美ちゃんが倒れ込んでいた。
「ドラ美ちゃん!もしかして代わりに殴られたのかいっ。」
ヒロシが驚いて声をあげると、ツヨシも戸惑いを隠せずこぶしを握りしめてその場に立ちつくした。
「ご主人様、私には応援しかできませんけど、でも、一生懸命応援します。ご主人様に幸せになっていただけるように、私ができる精一杯のことをしますから、どうか頑張ってください。ご主人様の幸せは、ご主人様が勝ち得ないと意味がないんですから。」
ドラ美ちゃんは地面にうずくまったまま言った。
その言葉は、ヒロシの心に痛いほど響いた。

さっき僕は何を思った?
ドラ美ちゃんが何もしてくれない。なんて、当たり前じゃないか。
ドラ美ちゃんがもし便利な道具を出せても、僕にいろんなことをしてくれても、それじゃあダメなんだ。
僕が頑張らなきゃ。
僕自身が、幸せになるために頑張らなきゃ。
そうじゃないと意味がないんだ。
ドラ美ちゃんは僕が頑張れるように一生懸命応援をしてくれていたんだ。

ヒロシは挑むような目をしてツヨシに向き直った。
「昨日は電話に出なくてごめん。僕は君のことが苦手だったから……出たくないとぐずっている間にドラ美ちゃんが母さんに見つかったんだ。それで色々もめて、電話のことなんてすっかり忘れてた。次からはちゃんと出るよ。」
ツヨシは思わず後ずさった。
今までのヒロシとは明らかに雰囲気が違う。
「いや、その、なんだ、おまえのオドオドしたとこがちょっと腹立ってただけで、たいしたことじゃねぇよ。それよりオレも悪かったなその姉ちゃん殴って。」
ツヨシはそれだけ言って、照れるようにして去っていった。
ヒロシは微笑んだ。
「ドラ美ちゃん、僕やったよ。ツヨシ君にわかってもらえたみたいだ。殴られるよりすごくいい気分だよ。ありがとう。」
しかし返事は返ってこなかった。
「ドラ美ちゃん?」
ヒロシは心配になって少し揺すってみた。
「ご主人様、嬉しいです。でも……申し訳ありません。製品番号2000番台は欠陥があって、大きな衝撃を受けると……」
ドラ美ちゃんはその後何も言わなくなった。
「ドラ美ちゃん!ちょっと待ってよ!ドラ美ちゃん!嘘だろ!こんなのってないよ!ドラ美ちゃん!」
ヒロシが何を言ってもドラ美ちゃんはピクリとも動かない。
ヒロシの目から涙があふれた。
「ドラ美ちゃん……」
頬を伝いあごにたまって、ドラ美ちゃんの上に落ちる。
前に、ヒロシは涙を拭った。
「ありがとうドラ美ちゃん。僕ドラ美ちゃんに会えてよかったよ。もうみんなにのび太なんて言わせない。頑張るよ。僕。」
そう言って、ヒロシはドラ美ちゃんの手を引っ張り握手をした。
今の誓いを胸に深く刻み込むために。

が。

ドラ美ちゃんの手はヒロシの手をしっかりと握り返した。
「ド、ドラ美ちゃん?」
ドラ美ちゃんはむくっと立ち上がった。
「申し訳ございませんご主人様。2000番台は大きな衝撃を受けると数分間動けなくなるんです。ご主人様の喜びを一緒に分かち合うことができなくて本当に申し訳ありませんでしたっ!」
ヒロシは石に……ならなかった。
両腕に力を込めてドラ美ちゃんをしっかりと抱きしめた。
「ご主人様じゃなくてヒロシでいいよ!ドラ美ちゃんは僕の大切な友達だもんね!」
「ご主人様……じゃ、ありませんね。ヒロシ、私嬉しいです!とても、とても嬉しいです!ありがとうございます!」

こうして相沢家に家族が一人増えた。
ヒロシはダメダメ人間の汚名を返上し、ツヨシとも仲良くなった。

彼のあだ名が変わるのもそう遠いことではないだろう。

が。

「こいつの家にはドラ美ちゃんって名前のムチムチ女がいるんだぜ。」
ツヨシはヒロシの友人たちの前で笑いながら話した。
「へぇ〜マジ?、さすがのび太くん。」
ヒロシの友人Aは言った。
「最近はダメダメぶりもましになってきたけどドラ美ちゃんがいるんじゃああだ名を帰るわけにはいかねぇな。」
ヒロシの友人Bは言った。

「なんでこうなるんだぁぁぁっ!!!!」
ヒロシは叫んだ。

 相沢ヒロシ。
ようやく幸せ獲得人生を歩みだした元ダメダメ男。
のび太くん脱出への道はまだまだ前途多難のようである。
END.
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