『機械惑星』

もうおれが何をしても、たぶん地球は滅びるのだ。

少年は滅びを知っていた。
知っていてなおそのまま滅びるわけにはいかなかった。



 空也はレーザーガンを乱射しながら走り回っていた。
逃げているわけではない。距離をとっているのだ。
頭上から襲ってくるエネルギー砲が何度も服や靴をかする。
空也はすべてをぎりぎりのところでかわし、瓦礫の影に飛び込んだ。
着地を受け身でとりすぐに後方に飛ぶ。
瓦礫がエネルギー砲で塵になった瞬間、空也は上空の一点へ向けてレーザーを放った。
動力部を貫かれたそれは轟音とともに地上へ落ちる。
空也は急いでエア・バイクに飛び乗りその場から遠ざかった。
エア・バイクは地上の数センチ上を走るため瓦礫道はあまり問題にならない。だがあまりにも細かく砕かれていると風圧で飛ばされた破片が跳ね返ることがある。
乾いた頬に痛みが走り、空也はボロボロになった袖で血を拭った。
黒ずんだ布が鮮やかな赤を吸いこむ。
薄汚れ傷んだ服は彼が今まで戦いながら生き抜いてきた証だった。

 ドームシティに着くとさっきと同じ、いや、さっきのやつよりもひとまわり大きいものが上空からドームにエネルギー砲を打ち込んでいた。
空也は物陰から一発で動力部をつぶし、無傷で打ち落とした。
慣れたものだった。
先ほどの攻撃にも今の爆風にもドームはびくともしていない。
空也は中に入るとまっすぐにエネルギーを補給しに行った。
レーザーガンとエア・バイクのエネルギーを限界までしっかりと入れる。この二つと人類最大の発明である半永久エネルギー生成機械のおかげで今まで生き抜いてこれたのだ。
だが空也はこの機械が嫌いだった。
ドームは半透明のレンズでできていて、外からは見えないが中から360度外が見渡せる。
景色を楽しむためか敵の様子を探るためかは知らない。
だが360度どの方向を向いても空也の目には灰色の空と灰色の瓦礫しか映らなかった。
この灰色の世界を作ったのが、半永久エネルギー生成機械なのである。


この星に、もう人間は、
一人しかいない。
いや、生き物は―――と言うべきか。
あとはすべて機械。
人間が作った恐ろしい人工生命体。
半永久エネルギー生成機械によって止まらずに動き続ける大戦の遺物。
人間と、人間が作ったものすべてを壊し続ける破壊兵器だ。


空也は浄化された水を飲み、ボタンを押して数秒で合成された食物を口にしてエア・バイクに乗った。
正面のレンズにエネルギー砲の光が細く線を描いていた。

 近くまで行くと、空也はエネルギー砲が妙な動きをしているのに気がついた。
静物を狙う動きではない。
では、動物―――?
と考えて、空也は自分の楽観主義に呆れた。
この星に動物は自分しかいない。
昔大戦を引き起こした野心家たちも戦った兵士たちも泣き叫んだ市民たちも、大戦後変わり果てた世界で生き抜いてきた人々もみんな。
機械に殺されたり、病気や狂気で死んだり、自ら死を選んだ人もいる。
もう本当に、誰もいない。

「助けてっ!お願い助けて!」

空也はアクセルを踏んだ。
エネルギー砲を上手くすり抜けて少女を腕に抱き、すばやくレーザーガンを撃った。
後ろを振り返らずにただひたすら距離をあけると、空也は少女を地面に放り投げた。
「おまえやっぱり人間じゃないな。何者だ。」
腕に疲労が残る。
少女は普通の人間にしてはあまりにも重すぎた。
「私はただのヘルパーアンドロイドです。」
少女が言ったが、空也は首を振った。
「機械は機械を襲わない。」
言葉と同時にレーザーガンを撃つと、少女は瞬時に前へ飛び、空也の傍らに立った。
「さすが最後の一人ともなると疑り深いですね。作戦が台無しです。」
残酷な笑顔。
空也は間合いをとり身構えた。
「だがヘルパーアンドロイドというのは本当だろう?大戦時人型はヘルパーしか許されてなかったはずだ。」
「ええ。私はただのヘルパーアンドロイド。でも人間を殺す事なんて簡単です。」
少女は空也に飛びかかった。空也がレーザーを連射する。
しかし手応えはなく、代わりに背中に激しい痛みを感じた。
少女の爪の先にえぐられた肉片がついている。
空也は膝を落とした。
「何故ヘルパーアンドロイドが人を襲う?他の機械とは違い感情を持つおまえたちは人に服し人を慕うようにプログラムされているはずだ。」
空也の言葉に少女は目に見えて激昂した。
「うるさいっ!私をこうしたのはおまえたちだろう!子供の遊び相手として作られた私に戦闘機能を付けたのは誰だ?子供の泣き声が敵に気付かれるからと殺させたのは誰だ?みんな、みんなおまえたち人間だ!」
少女は荒く息をして空也の首に手をかけた。
「わかるか?おまえなんかに。勝手に作られて勝手に使われ当然のように汚いことをなすりつけられる私達の気持ちがっ!」
空也は首を絞められたまま音を立てないように引き金に手をかけた。
「大戦を引き起こし世界を荒廃させたのもすべておまえたちの罪だ!」

ズドッ

空也は少女の頭を撃ちぬいた。
「ああ。わかってるよ。だから人間がケリをつけないとな。」
せきこみながら服を破って体に巻いたが、背中の血は止まらなかった。
「もう眠れ。」
少女に背を向け、歩き出す。
うめき声が後ろに聞こえた。
「どうせ、人間は滅びる。生殖できずに。おまえがやっているのは……。」
空也は振り返らず、背中を向けたままエア・バイクにまたがった。
シートに血が滴り瓦礫の上に赤い線を描く。
ハンドルを握る手がゆるみ意識が遠くなる。

もういいんじゃないだろうか。

空也は思った。

もういいんじゃないだろうか。

しかし、空也はハンドルを強く握りしめて首を振った。

まだ、そのときじゃない。

 きつく唇を噛んで前を見ると、エネルギー砲の白い線が空也を呼ぶかのように遠く空を裂いていた。
END.
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