『ヒデハル』

 僕の名前はヒデハルという。
今ちょうど三人の友達と宇宙安全管理オフィスにいるところだ。
僕の友達の名前は、左から順番にヒデハル、ヒデハル、ヒデハルという。
みんな同じ名前だ。
今僕の前を通ったあいつもヒデハルだ。こっちを見ているあの子もヒデハルだ。
名前だけじゃない。容姿も、能力も、性格も、みんな一緒。

 そう、僕らはみんな、同じ人間なんだ。

 もう何世紀も前、人間が地球という星に住んでいたとき、大きな戦争によって地球が壊滅しそうになったそうだ。
その危機を救ったのが僕らの名前にもなっているヒデハル様で、「みんな同じ人間になってしまえば問題ない。」と言ったんだ。
確かにそうだ。
みんな同じだったら意見がくい違うことはないし、仲間はずれがいなくなる。
差別やいじめだってなくなる。
現に僕は生まれてこのかた一度もそんなことされていない。
今の世に生まれて幸せだと思っている。

ピーポー ピーポー

 パトカーの音が聞こえてきた。
どうやら宇宙の平和を乱した犯人が捕まえられたらしい。
こんなことはめったにない。なぜなら僕らはみんな同じ人間だからだ。
ヒデハル様の名前をいただいたからには立派な人間にならねばならない。
僕の友達のヒデハルも、ヒデハルも、ヒデハルも、みんなそう思っている。
でも中にはできそこないもいる。
同じヒデハルだというのに悲しいことだ。
僕は捕まった犯人の話を聞くのが仕事だが、できるものなら転職したい。
犯人が同じヒデハルだと思うと無性に腹がたってやってられないからだ。
なぜできそこないがいるんだろう?


 「おれの名はヒデハルじゃない。親からもらった名はヒデハルだったが、おれが決めた名はナオタカだ。」
犯人は変な奴ばかりだ。
わざわざ自分からヒデハル様の名前をすて、できそこないだと主張するなんて。
「おれたち一人一人は別々の人間だ。ちゃんと自我がある。同じ名前、同じ顔の人間が同じ服を着て歩いている、その中の一人になんてなってたまるか!」
ますますもっておかしな奴だ。いじめ、差別、戦争を、自ら引き起こそうというのか。
「おまえはただ集団の中で自我を押さえつけられているだけだ。そしておまえ自身も自分の心を押しつぶしている。それで人間だといえるのか!」
犯罪者はいつも当然のことに異論を唱え、自分の理論こそが正しいと思いこんでいる。
こいつの処置は精神病院か死刑といったところだろう。
「自分自身として生きないで、生きているとはいえないはずだ!」
理解不能だ。


 「被告人、ヒデハルに、死刑を申し渡す。」


 奴はやはり、死刑になった。
僕の友達のヒデハルも、ヒデハルも、ヒデハルも、当然のことだと思った。
もちろん僕もそう思う。どのヒデハルもそう思っているだろう。
その人ができそこないでない限り。

 僕らは同じ人間だ。
同じことを考え、同じ行動をし、同じ結果を出す。
だからこそ世の中うまくいっているではないか。
わざわざヒデハル様の名前をすててまで違う人間になって、いったい何のメリットがあるというのだろう。
世の中の害になることが起こるだけだ。
僕は今の世に生まれて幸せだと思っている。
他人と違いがなければ問題はない。
ヒデハル様はすばらしいお方だ。
僕の友達のヒデハルも、ヒデハルも、ヒデハルも、そう思っている。

 あいかわらず犯罪者の気持ちは理解できない。
END.
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