『ハナコの夢』

 僕はたぶん、人間不信なんだと思う。
何を言われても信じられない。
心が読めたらと思うことはしょっちゅうだ。
人間の、人間のキレイな部分だけが信じられないなんて、まったく損だと思う。
そのキレイなものの最たるもの。愛というものが、僕は特に信じられないのだ。
だから恋ができない。
それどころか人間関係もどこか空虚だ。
――いっそ虫や動物だったらよかったのに。

ハナコカミキリは夫に僕を指名した。
僕は本当にどうでもよかったので、あっさりOKした。
どうせ交尾して卵をつくって食われて死ぬ。
それだけだ。
それが決まりなら別に逆らおうとも思わない。
しかし、ハナコカミキリは僕と交尾しなかった。
どんどん寒くなって、そのまま逝ってしまった。

……そんな夢を見た。
寝覚めの悪い朝。
今日はあまりいいことなさそうだ。

そして案の定。

「好きです。」
クラスの女子に告白された。

ハッキリ言ってこういうのが一番困る。
愛とか恋とか、女の気持ちも、対応の仕方も、わからないからだ。

「なんで?」
わからないのは聞くに限る。
「何を根拠にそんなこと言えるんだ?」

―――泣かしてしまった。

そう例えば、わからないのは簡単なことだ。
愛が大切な、特別な感情だというのなら、なんでそんな簡単に消えたりできたりするんだろう。
そんなにいい加減なものなら僕はいらない。
僕が欲しいのは……
僕が信じたいのは……

朝の夢を思い出した。
ハナコカミキリは死ぬ前に僕に言ったのだ。

「あなたは本物だとハッキリわかるものが欲しいのね。でも虫の命は短いから、探すこともできないのね。」

ハナコカミキリにはきっとすべてわかっていたのだろう。
わかってて笑って許してくれていたのだろう。


できた人間ならば、僕にこう言うかもしれない。

愛は簡単なものじゃないからみな本物を探し求めるのだと。
人間の一生は長いから、何度でも探すことができるのだと。

でも僕はできた人間じゃないからいつか自分でちゃんと悟る日まで今はまだこのままでいよう。

ハナコカミキリのことを思い返しながら僕は深い眠りについた。

―――明日、あの女子に謝ろう。
おわり。
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